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» 2009年12月21日 09時00分 公開

世界で勝つ 強い日本企業のつくり方:「一生懸命になれなかったメジャー時代を反省」――元ロッテ・小宮山悟投手【後編】 (2/3)

[構成:伏見学,ITmedia]

人生の師、石井監督との出会い

 強運は続きます。3年生のときに石井連藏さんが野球部監督に就任しました。石井さんはわたしの人生の師であり神様のような存在ですが、仮にわたしが現役で入学していれば出会うことはなかったわけです。さらに、石井さんが監督にならなければ、ロサンゼルス・ドジャースで球団オーナー補佐兼国際担当を務めたアイク生原さんに会うこともできませんでした。アイクさんは石井さんの教え子だったので、来日した際に早大野球部に顔を出して、わたしたちにメジャーリーグの話などを聞かせてくれたのです。

 早大からロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に指名されてプロ野球に入りましたが、当時のロッテも投手陣が弱くて1年目から多くの登板機会に恵まれました。実は1990〜99年の10年間にプロ野球で最もアウトを取った投手なのですよ。例えば、当時の巨人には斎藤(雅樹)さん、桑田(真澄)さん、槙原(寛己)さんなどそうそうたる投手がいたにもかかわらず、わたしが最も多くの試合に投げてアウトを取ったということは自信になりました。これが投手陣の強いチームであれば、ここまでの登板はなかったはずです。その後、メジャーリーグに行ったり、帰国して1年間浪人生活を送っていたのに再びプロ野球に戻れたりと、いろいろな場面で運が強かったと言えます。

一生懸命できないならやめちまえ!

 石井監督からは多くを学びました。一番心に残っているのは、一生懸命やることが日常的にならなければいけないということです。「一生懸命頑張ります」と口にするのはその時だけ必死になろうと思っている人間のせりふで、毎日が一生懸命であれば絶対にそんな言葉は使わないというのです。それだけ一生懸命に毎日やらなければ駄目だと厳しく言われました。

 人間なら誰しもちょっと気を抜く瞬間があると思います。石井さんはその瞬間をうまく突いてくるわけです。練習中にほんの少し隙を見せた瞬間に「やる気がないならやめちまえ!」と罵声を浴びせてきます。したたかなのが、わたしがちょっと気を抜いた瞬間を見計らって、わたしに直接言うのではなく、同じく気を抜いている別の選手に向かって言うのです。練習中は常に緊迫した雰囲気でしたから、試合の方がずっと楽でした。四六時中、命をかけて頑張らなければ駄目だというくらい一生懸命やっていましたよ。

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