日本は今、深刻なデフレスパイラルの中にある。この状況を脱するために米倉氏が重要性を強調したのが個々の従業員のモチベーションである。1908年に創業の米Fordは、平均日当が2ドル70セントであった当時、従業員に対して5ドルもの日当を支払った。これに対してある新聞社は「犯罪とまではいわないが自殺行為」とまで書いたほどである。
だが、Fordはその後、流れ作業により自動車の生産効率を高めることに成功した。800ドルから300ドルにまで自動車の値段を下げることで消費者の支持を獲得し、わずか5年で1万5000人の従業員を抱えるまでに成長を遂げた。この結果から読み取れるのは、社員への高報酬と自負はFordの成長を支えるシステムであったということと米倉氏は指摘する。
「Fordは流れ作業による近代的生産方式を確立した企業として知られている。だが、流れ作業ではその速度を組み立てが一番遅い人に合わせなければならず、流れ作業だけではFordの成長を説明することが難しい。Fordの高い生産性は、むしろ高い給与と新しい産業をつくっているという自負に裏打ちされたモチベーションにより実現したと考えるべきで、その重要性は現代も変わりはないはずだ」(米倉氏)
Fordでは従業員自らが自動車を購入することでも同社の成長を支えた。従業員への報酬を2倍にしても、生産性を3倍に高められれば利益を上げることはできる。そのためにITをいかに使うべきか――そのことが経営者に強く問われているわけだ。
急速な経済発展を遂げるアジア圏との取引拡大は、日本が今後、成長を遂げる上で重要な課題であることに異論を挟む余地はあるまい。中でも自動車や新幹線、地下鉄を含めた日本の高度な交通システムは、経済発展を遂げる相手国にとっても歓迎される輸出品と位置付けられる。その振興にあたって米倉氏が必要性を訴えたのが日本における道州制の採用である。
「例えば日本はカリフォルニアと比べ、人口で4倍、経済で3.5倍の規模があるものの、その面積はほぼ同じ。にもかかわらず、カリフォルニアでは州知事は1人であるのに対し、日本では各都道府県に47人の首長を置いている。これでは二重行政の無駄が生じても仕方のないこと。ならば、明治からの行政のあり方を見直し、道州間で競争しつつ発展の道をたどれる仕組みを整備すべき」(米倉氏)
各道州の経済規模を合算すると、関西と四国で約124兆円。中部と北陸で97兆円。九州と四国で63兆円となる。これは、それぞれカナダ、韓国、オランダの経済規模に匹敵するほどだ。例えば、各道州が地理的条件などを踏まえ、シベリア開発や自由貿易協定のために各国と手を結ぶことで、日本経済の活性化が期待されるというのが米倉氏の考えである。各道州の規模に合わせて交通システムを見直すことで、輸出先にとってより使いやすいサイズにまで最適化が図られるという。
従来、各国の通信ネットワークは有線網から無線網へ持続的に発展を遂げてきた。だが、今後、経済発展を迎える国々では、最初から無線網が整備されるなど異なる発展形態をたどることになる。事実、「年初にバングラデシュを訪れたところ、それほど裕福でない農村でも携帯電話が広く利用されていた」と米倉氏は語る。ここでも新たなイノベーションの種を発見できたのだという。
「バングラデシュでは電力網が農村にまで届いていないため、携帯電話を太陽光発電により充電していた。太陽光発電程度の低い発電力でも稼働する家電があれば、こうした国々において爆発的に普及するはずだ。われわれはそのためのITを探す時代に差し掛かっているのではないか」(米倉氏)
日本でもスマートアプライアンスにより、消費電力のピーク時にエアコンの空調を弱めたりテレビの明るさを抑えたりする仕組みの検討は着々と進んでいる。新たなイノベーションの種は実は身近なところに潜んでいるのかもしれない。
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明治学院大学 経済学部准教授