ロックインのリスクをあらかじめ知るために必要な問い掛けは、とてもシンプルです。
「クラウド上のシステムを自社のシステム環境(オンプレミス)に移行することは可能なのか」「移行する場合のコストや手間はどの程度かかるのか?」とベンダーに問えばいいのです。
クラウド環境からオンプレミスへの移行が容易に進められるならば、ロックインの度合いが低いことを意味します。他ベンダーへのスイッチングコストも低い可能性があると考えられます。
具体的に技術面から3つほど注意点を検討しておくことにしましょう。
最初に注意すべき点として、プログラム言語の問題が挙げられます。独自の開発言語やツールを採用しているクラウドのシステムは、基本的にはオンプレミスへの移行は難しいと考えておく方が安全です。
ベンダー独自の言語でなくてもリスクはあります。プログラムに一般的な言語が採用されていても、ファイルアクセスや画像処理などのシステムの基本的な処理にベンダーの独自仕様が採用されているケースもあります。この場合には、オンプレミスへの移行時に、システムの改修作業やシステムのテストが多発してしまうことになり、スイッチングコストが上がるというリスクがあります。
クラウド・ベンダーによっては、プログラムのソースコードをほとんど記述することなく、マウス操作だけでシステム開発ができる便利なツールが提供されています。しかし、そのベンダーのクラウド環境でしか利用できない場合もあるので注意が必要です。
さらに注意すべきは、簡単にシステムが構築できてしまうがゆえに、システムの仕様や設計書が残りにくい点です。開発時の担当者がいなくなれば設計書も参照できない状態となってしまうため、オンプレミスへの移行の際は、設計を一からやり直す必要が出てくることも珍しくありません。
クラウド事業者は、システムの仮想化を行うソフトウェア製品によりクラウド環境を提供しています。仮想化とは、複数のシステムを1つのハードウェア環境で動かすこと、つまり資源を効率的に利用し、少ない台数で多くの処理を行うことを可能とする技術のことで、ここ数年急速に普及してきました。
ここで注意すべきことは、一般的に、異なる仮想化ソフトウェア製品上で動くシステムの互換性は保証されていないということです。つまりクラウド・ベンダーと異なった仮想化ソフトウェア製品をオンプレミスに導入していた場合、システムの動作保証は利用企業の責任となるということです。実際には、全システム機能の動作確認テストが必要となるでしょう。
現在、仮想化ソフトウェア製品間で互換性検証も進んでいますが、システムの動作を保証するものになるかは分かりません。1990年代後半に「Write Once、Run Anywhere(一度プログラムを記述すれば、どの環境でも動作する)」をうたった開発言語であるJavaですら、いまだに他システムとの互換性の問題を抱えていることを念頭に置く必要があるかもしれません。
以上ベンダーへのロックインの注意点について考えてきましたが、前回も述べましたように、クラウドの特性をうまく利用して自社のシステムを再構築していく必要性は高くなっていくと考えられます。ただし、それが単なるシステム環境の刷新に終わってしまっては、全く意味がありません。
現在、企業の情報システム費のうち7割が既存システムの維持費だと言われていますが、これはスイッチングコストの高止まり、その大きな理由として自社システムのブラックボックス化が挙げられます。いくら先進的なクラウドを利用したとしても、過去20年と同じ轍を踏んでしまっては意味がないでしょう。
今回考えてきたベンダーへのロックインのリスクは、メディアなどでもなぜか指摘されることが少ないように思われます。言うまでもありませんが、ベンダーにとってはロックインを進めることが収益の安定につながるわけです。この点を理解していただき、クラウドとうまく向き合っていただきたい次第です。
次回以降では、無料化していくクラウドについて解説した上で、クラウドの適切な活用方法について考えていきます。
京都大学大学院エネルギー科学研究科修了後、NTTデータ、米国系ITコンサルティング・ファームを経て現職。大手企業を中心に、事業戦略やSCMをはじめとしたオペレーション戦略、情報技術戦略やIT組織・人材戦略の立案や、大規模PMOの運営や大規模システム調達の支援などのコンサルティングを手がけている。国内IT業界の再生を重要テーマとし、SI会社の将来ビジョン・事業戦略策定支援の実績も多い。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授