某電機メーカーの某事業所は、家電品と産業機器を生産していた。しかし、ある時期5年間勤めた事業所長Cは、就任間もなく開発部を設け、当初C自ら部長を兼務し、猛然と開発に投資を始めた。常に複数のテーマを持って開発に取り組んだ。省力機器などは従来技術の延長線上のテーマだったが、情報機器やシステムなどの多くは事業所にとって未知の新技術だった。時代の先を読んだ先見の明があった。量産に到らなかった製品は多かったし、開発の目処が立ったところで、本社裁定で強制的に他の事業所に製品移管をされた例もある。
しかし、何年もかけていくつかの製品が、事業所の大きな柱に育った。昨日を捨てなければならない事態に到ったとき、思い切りがつくだろう。
ここで注目したいのは、Cの明日への取り組み方だ。Cは時間さえあれば、事業所の中をくまなく歩き、部下の指導は飛び切り厳しかった。本社におもねることは、一切なかった。当時必ずしも事業所全体の業績は、開発に投資を割くほどの大きな余裕はなかった。しかし、最初からCに迷いはなかった。事業所が本社から独立採算制になっていて、業績管理が事業所長の裁量に任せられていた利点もあったため、Cは事業所長に就任するやすぐ開発部を設置し、人と金を開発に投入し始めた。いつ昨日を止めなければならない事態になるか分からないため、Cは布石を打ったのだろう。これほどの洞察力を持ち、明日のために許される範囲で今日を犠牲にし、長い目で手を打った経営者は、極めて数が少ないと思う。
「自ら未来をつくることにはリスクが伴う。しかしながら、自らリスクをつくろうとしないほうが、リスクは大きい」(P.F.ドラッカー「明日を支配するもの」ダイヤモンド社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授