アジア新興国・消費市場へのアプローチとその効果――ヤマモリ株式会社のタイ進出事例――女流コンサルタント、アジアを歩く(2/3 ページ)

» 2011年05月24日 07時00分 公開
[辻 佳子(デロイト トーマツ コンサルティング),ITmedia]

ヤマモリ社のタイ展開の歩み――3段階のステップ――

 ヤマモリ社のタイでの歩みは、3段階のステップがある。

 1、日本料理の冷凍食品を製造する食品加工工場へ醤油を販売する。

 2、タイで急速に展開する日本食レストランへ醤油や調味料を販売する。

 3、タイの一般消費者(エンドユーザー)へ醤油や調味料、レトルト食品を販売する

 ヤマモリ社がタイでここまでの成長・発展を遂げているのは、やはり3段階のステップを、各市場規模の発展を的確に捉えつつ、チャレンジして着た事が功を奏したのであろう。

 ヤマモリ社が、醤油でのタイ進出の検討を開始した1991年当時、日本食レストランは、タイにまだ、50店舗程度しかなかったそうだが、その後、2000年に約300店舗、2007年に約650店舗、2009年末には1200店舗にまで増加している。 幾らかの日本食メニューを取り扱っているお店という捉え方をすると、現在タイにはそういったレストランが3000店舗あるとも言われている。

 2010年調べによると、タイに住む日本人は4万7千人とのことだが、未登録の日本人を含めるとはるかに上回るであろうと言われており、この在タイ日本人の増加も、タイにおける日本食レストランの増加に起因していると言えるが、何といっても日本食のタイ人への普及が、最も大きな推進力である。

 この日本食レストランの増加が後押しした日本食のタイ人への広い普及により、ヤマモリ社のシェアや売り上げが拡大し、マーケティング上も大きな成果を得ることになった。

 富裕層をターゲットにした高級店だけでなく、タイの現地人向けの日本食レストランも増加し、日本食がタイで広く普及していく様子を目の当たりにしたヤマモリトレーディング社は、タイの一般消費者(エンドユーザー)にも醤油や調味料、レトルト食品の需要があり、直接販売していくことができるだろうと考え、そこに挑むことになった。 いよいよステップ3、和食調味料リテール商品強化の大きなチャレンジである。

 しかし、当然のことながら、一般消費者(エンドユーザー)へ直接リーチしていくことは、それほど容易ではない。そういう中で、ヤマモリトレーディング社が取った販売促進戦略は、「タイでの新たな市場創出」と「タイとの協調的な成長発展」にあった。

タイでの新たな市場創出

ヤマモリトレーディング株式会社の青木理浩社長

 タイの一般消費者(エンドユーザー)に醤油や調味料、レトルト食品を販売する。一見すると、それほど大きなチャレンジのように思わないかもしれないが、実は大きな問題も考えられた。タイでは、外食文化が根付いており、家庭内で料理をする慣習・文化があまりないと言われている。これは、見方を変えると、醤油や調味料、レトルト食品の販売ターゲットとなる市場がそもそも存在しないように見える。多くの企業は、市場が存在しない中で積極的な策を取ることを躊躇することだろう。しかし、ヤマモリトレーディング社は、市場を創出し、その市場を牽引する企業になるべく、積極的に活動を開始した。

 1つの試みとして、ラジオ等のメディアを用いた日本料理の紹介がある。ヤマモリ社の調味料を用いた簡単な料理を1カ月に4つ紹介し、ヤマモリ・ブランド認知度の向上を狙うとともに、タイ人一般消費者(エンドユーザー)に日本食をより身近に感じてもらうことである。

 調味料の使い方に関する説明も、タイの一般消費者(エンドユーザー)に十分配慮したものとなっている。例えば、照り焼きだれ商品のうたい文句は、「漬け込まなくていい(面倒な手間はない)」、「漬け込んだたれを捨てなくていい(無駄が無い)」、「テフロン加工の調理器具であれば油なしで調理できる(高騰した食用油がいらない)」といった言葉が並ぶ。

 こうした試みが続けられる中、家庭内で料理をする慣習・文化があまりないという点はどうなっているのかを、青木理浩氏に尋ねてみたところ、「我々もその点については危惧していた。だが、昨今の日本食レストランの進出・増加による日本食の普及によって、自分で調理することにも興味が高まっている。 展示会などでは、タイの人々が料理の作り方や和食調味料の使い方に、非常に興味を示すようになってきたことを強く感じる。このようなタイの人たちは、和食メニューの名前も良く知っており、以前のように、どんな料理かを説明する必要もなくなって来ている。」とのことであった。

 こうした変化は、社会情勢や経済状況によって生じることが多く、一つの企業で果たし得ることではないが、ヤマモリ社の取り組みは、そうした変化の芽をより大きく育て、新たな市場を創出し、その中で確固たる地位を築いていくことにつながっている。このような取り組みは、タイに限らず、アジア新興国での市場開拓において極めて重要な活動だろう。

タイ文化との協調的な成長発展

一村一品産品とヤマモリ商品 

 一村一品運動をご存知だろうか? 一村一品運動は、1980年から大分県の全市町村で始められた地域振興運動で、各市町村がそれぞれひとつの特産品を育てることにより、地域の活性化を図ったものである。これと同じ動きがタイにもある。

 タクシン首相の指導の下、タイ政府は、大分県の一村一品運動をモデルとして、タイ国内の各タンボン(Tambon、タイ語で村に近い意味)に最低でも一種類の主要製品を持たせ、地域経済活性化や雇用創出、ひいては経済格差の是正を進めたいという考えで、あらゆる面からこの運動を支援している。これがタイでの一村一品運動(One Tambon One Product, OTOP)である。

 ヤマモリトレーディング社は、この一村一品運動との協調にも興味を持った。この記事の冒頭でサンプルの試食の感想を述べたが、そこで触れた“ふりかけ”や“漬物”は、実は一村一品(OTOP)商品を活用したサンプルなのだ。

 つまり、ヤマモリトレーディング社の調味料を用いて、村で製造しているOTOP商品の食べ方、より美味しくする調理方法の提案を検討している。商品開発とは言っても、ヤマモリトレーディング社はこれを自社の商品として販売する予定はなく、自社の調味料がそこで利用され、一村一品の商品として、品質が高く、効率のよい生産がなされるよう支援する事につながればと考えている。 当然、結果として、ヤマモリ社の商品の認知度は高まることになり、一村一品運動の活性化と促進とともに、ヤマモリ社も成長発展していくことになるわけである。

 タイの一村一品運動は、予想を上回る大きな成果を挙げている。タイ政府は、当初、2003年におけるOTOP製品の目標売上額を200億バーツとしていたが、結果的には330億バーツを達成し、その後も売上を伸ばした。

 現在は、OTOP製品の競争激化、品質向上や効率化の要請等の諸問題が生じているものの、今なお、重要な取り組みとして進められている。ヤマモリトレーディング社は、タイの一村一品運動の活性化にも寄与し、自社のマーケティング活動ともリンクさせる事ができれば、タイとの協調的な成長発展を図っていけるのではないかと模索している。

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