有事には迅速な意志決定が必要である。あらかじめ「仕組み」を作っておくことがひとつ。仕組みにできないときは、何が一番大切かに絞って決断すべし。
福島第1原子力発電所の事故を受け、政府が新設した事故調査委員会のトップに東大名誉教授の畑村洋太郎氏が起用された。本連載でも紹介したとおり、同氏は2000年に「失敗学のすすめ」(講談社)を執筆し、人類は過去の失敗から学ぶべきであると示唆している。
今回の事故も、後生や世界のためにしっかり伝えるべきものである。
計画停電の発表の早さには驚愕した。記憶に新しいが、3月11日の震災後13日夜に発表され、翌14日から実施された。原発がたった1カ所停止しただけで、世間を揺るがすような決定が短時間で発表され、実施にまで至ったのである。
本連載4月8日号に取り上げたように、地震当日の帰宅難民の間接的災害はひどいものであった。それが議論されず、鉄道の混乱や一部運休もまったく無視しての一方的通告であった。
マスコミもその詳細に自信が持てず、「東京電力のホームページをご覧ください」と連呼せざるを得ず、マスコミ本来の仕事にもならなかったほどであった。ホームページにはアクセスが集中してなかなかつながらないばかりか、中身を見てもどこの地区がいつ計画停電になるのかよく分からない表示であった。
電力会社は地域独占権を持つが、その反対の義務として全地域内の安定供給責任がある。同じように石油会社などが燃料を東電に供給する際も、慎重な安定供給が求められていると、わたしは理解していた。だから、いとも簡単に計画停電を発表したので、「そんなのありか」と驚いた次第である。
この意思決定は電気事業法に基づいており、緊急時の対応として社内でも準備されていたからこそそのように迅速に実行となったのだろう。
確かに、東電の供給する全域が停電するより、計画された部分停電のほうがはるかによいのであり、そのリスク回避としては止む得ぬ判断であったのかもしれない。
実行までの手順や告知に問題があったことや、東北電力までもが空手形をいとも簡単に出したことなどについて文句は山ほどあるのだが、ここで言いたいことは、仕組みがあったから早い意思決定に至ったということである。
余談だが、災害の際に家族とどこで落ち合うか決めておくのも仕組みであり、1分もあればできるのでお勧めする。
福島第1原発1号機への海水注入が一時中断していたと、5月23日の国会で問題となった。
震災の翌日、3月12日、真水の注水はすでに停止し、午後3時36分に1号機は水素爆発した。同日午後6時から首相をはじめとした政府関係者と東電関係者が、海水注入の討議を開始し、午後7時4分から海水注入が始まった。その後、7時25分に中断され、55分の空白をおいて、8時20分に再開されたとの報道があった。
この空白の55分が炉心のメルトダウンにつながったのではないか、だれが注入中止を指示したのか、責任の所在はどこかという議論であった。実際は、現場の長の判断でこの空白はなく、海水注水が継続していたと、つい最近修正報道があったばかりだ。
ここで申し上げたいのは、注水が継続されていたかどうかではなく、海水注水そのものに対する意志決定である。
報道によると、首相は「ありとあらゆる可能性を検討する」と呼びかけ、それに対して、「海水を入れたら塩が結晶するかしれない。配管の腐食が進むかもしれない」との原子力安全委員長の指摘があったという。
本来真水で冷却している原子炉に海水を注入すれば、不具合が起きて原子炉が使えなくなるかもしれないことぐらいは、素人でも想像できる。(本来の議論としてはおかしいのであるが)原発安全神話があったのだから、真水が尽きたら海水を注入するという仕組みが準備されていなかったのだろう。いわば、仕組みがなかったケースである。
こういうときこそトップに意思決定が求められるもの。次のシナリオが仕組みとして準備されていないから、その場の判断でしかない。正に覚悟を必要とする決断である。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授