『ドッグマザー』著者 古川日出男さん話題の著者に聞いた“ベストセラーの原点”(1/3 ページ)

語り手を徹底的に書くことを重視し、彫刻でいったら細かくノミを入れて輪郭まで分かるくらい削ってプロフィールを作りながら書いた。

» 2012年05月11日 08時00分 公開
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 今回は、『ドッグマザー』を刊行した古川日出男さんです。

 『ドッグマザー』は京都を舞台にした、全三部からなる長編小説ですが、第三部だけが東日本大震災の後に書かれ、実際に震災後の世界が描かれています。

 震災の体験は古川さんにどのような変化をもたらしたのか。そして、震災後の世界をリアルに描くために、どのような方法で小説を編み上げたのか。注目のインタビューです。


“性描写”と“京都弁”は徹底的に書こうと思った

 ――本作『ドッグマザー』は三部構成となっていますが、第三部だけが東日本大震災の後に書かれており、実際に震災後の世界についても描かれています。そこで、より深くこの作品を理解するためにも第一部・第二部と第三部に分けてお話を伺えればと思いますが、まず第一部に取りかかる時の構想についてお聞かせ願えますか。

『ドッグマザー』、著者:古川日出男、出版社:新潮社

 古川日出男さん(以下敬称略) 「二つあります。一つは、主人公が京都という日本の文化的な中心地に体ごと入っていくことで見えてくる風景とは何なんだろう、ということ。つまり、そこで日本という歴史的な存在を本質で理解できるんじゃないかと思ったんです。

 もう一つ、この物語を一人称の文体で貫くことによって、自分の体でそれが分かってくるんじゃないか、というのもありました。身一つで日本の真ん中の部分に入っていくっていうことがどういうことか、この作品を執筆するなかでつかみ取ってやろうと思っていましたね」

 ――『ドッグマザー』の作品世界は2007年に刊行された『ゴッドスター』と地続きになっています。先ほどおっしゃっていたような“日本という国家の本質”を書くにあたって、過去の作品を活用しようと思った理由は何だったのでしょうか。

 古川:「『ゴッドスター』はすごく“開いた”終わり方だったので、その開かれた道に乗ってみたいというか、道が開かれているならその先を歩かなくちゃいけないという気持ちが強かったんです。『ゴッドスター』が拓いたフロンティアは何だったのかということが、自分の中にちょっと残っていて。

 だから、続編を書こうという発想ではなくて、『ゴッドスター』から、それよりももっと強靭な新しい小説を立ち上げたいというのが着眼点だったと思います。

 『ゴッドスター』は女性が主人公でした。自分の感覚でいうと、女性って守るべきもの、戦うべきものが割と可視化されているところがありますけど、男性はそれだけでは済まなくなってくる。そこで、男性を主人公とした“それだけでは済まなくなってくる”小説を書くことによって、生きているとどうしてもぶつかる“国家”という不思議な概念を描けるのではないかと思ったんです」

 ――執筆する際に心がけたことやテーマがありましたら教えてください。

 古川:「文章を、今までで一番夾雑物がないものにしたいとは思いました。“いい文章”を書きたかったのですが、それに基準がありません。日本には美文っていう、よく分からない概念がありますけど、そういったものには興味がなかった。とにかく“このレベルの文章が書けるなら自分が納得できる”という文章を書きたいというのが第一でしたね。

 基本的に一人称の小説なので、語り手を徹底的に書くことは重視しました。彫刻でいったら、細かくノミを入れて輪郭まで分かるくらい削ってプロフィールを作っていくという作業です。この作品の執筆は、そういう作業と文体とが並行して手綱をひかれている状態だった気がします。

 他にも二つくらいルールがあって、性描写を徹底的にやるということと、京都弁を書くこと。どちらもはっきりと挑戦で、京都弁はまったく分からなかったけど、勉強したり、耳を研ぎ澄ませながらとにかく書いてみて、チェックは最後にしてもらいました」

 ――確かに“性描写”と“京都弁”には執着といいますか、熱意を感じました。このルールはどういった論理で選ばれたのでしょうか。

 古川:「性描写に関しては、とにかく逃げないっていう言葉しかないんですけど、要するに世界が“国家”みたいな概念でできていて、そこに女性的な肉体性・具体性が必要だとしたら、その具体性を発する部分には行かないといけないと思いました。これはもう徹底的に書かない限り、つまり性交の場面を徹底的に書かない限りは国家には言及できないというのが直感としてあったんですよ。

 京都弁に関しては、理屈でいえば京都弁っていうのはもともとの日本語だからっていうのはあるんですけど、そういう理屈じゃなくって、不得意なものにまっすぐ入らないとダメなんじゃないかなと思ったんです。今までの自分の小説の文章は、基本的に自分が得意な文章を書いていました。それが個性だと言われたり、ポジティブに評価されたりもしましたが、得意なことだけやっていても先はないというのはありました。だから、まったく無理なことをやってみようと思って。そりゃ無理なんですよ、京都弁を書くなんて(笑) でもやってみたいと思ったんです」

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