マニュアルは従業員の自主性を奪い、職場の活性化を損なうものといわれているが、そうだろうか。
職場における自由な話し合いを通じて、職場の決まりとしての標準が確立される。この時、一人ひとりの社員の胸の中に、自分の仕事の進め方が定められた標準とどう違うのか意識される。管理者はこの違いを掘りださなくてはならない。本人の意識と組織目的を実現しようとする管理者の意識には明確なズレがある。このズレの明確化を標準照応と呼ぶ。
これをきちんと把握し、対処し管理の基本に据えるということが大切である。標準照応には、いろいろな局面が混在している。あるものは、従業員に意識され、あるものは意識されないままそこにある。この事実を管理者がどこまで認識するかがマニュアル定着の基本である。標準と実際の作業行動との違いは、それを見出したとき、管理者がその違いをどう評価するかによって全く異なった経路をたどることになる。
標準照応の結果、発見する「違い」の一つは、それが職務従事者による完全な「じまま行為」から発生していると判断される場合である。つまり、一般的には、従業員個人のムダ、ムラ、ムリによるとされる。
この場合、管理者はためらってはならない。すぐにその場で注意し、行動の是正を求めなくてはならない。この時、管理者の一番注意しなくてはならないことは、手順ごとの精査と確認である。行動手順の徹底的な追求である。マニュアルではこのことを不適正行動の原因性追究と呼んでいる。
職場に生じるさまざまのムダ、ムラ、ムリを単なる自分の部下の気ままで自堕落な人間的な性格や仕事に向き合う態度のせいなどと思ってはならない。実は、これらが、企業が与えたマニュアル自体の不完全さが生み出している場合もあるからである。このマニュアルを改定できれば、職場を活性化させる種となるかもしれない。しかし、管理者の教育による不適正行動の是正が、マニュアルに明確な現実性や定着性を与え、業績を向上させた例は数しれない。
「違い」に対するもう一つの着眼点は、その行為が従業員が意識したものであり、標準より優れた行動の場合である。これと真正面から取り組む管理者は職場のゆるぎない信頼をかち取るだろう。
現在の流通関連の職場で店員が、一枚づつ紙幣をお客の目前で確認を得ながら声を出し、つり銭を数えて渡している場面は一般的である。しかし、あの行動はマクドナルド社のある店舗で初めて行われたものである。当時のマニュアルには、数えて渡すという記述はあったが、声を出し、お客の確認を得て渡すという行動は、マニュアルに記載されていなかった。
つり銭の間違いに困惑した店長がどうしたらよいかと相談した時、入店して一週間も経たない女子高校生のアルバイトの一人が、「私は声を出し、お客様の確認を得ながら返金しています。間違いは無くなっていると思います。」と発言した。それを取り入れた店長が直ちにマニュアルを改訂して、これを全店に徹底させた。今、日本中のどこの店でも実行されているあの行為は、たった一人のアルバイト高校生の小さな創造性の発露が生み出し、それを見逃さずに取り入れた店長の勇気ある決断で実現したのである。
管理者は部下の創造性を信じなくてはならない。管理者から無能だと思われていると感じている部下が発言し、マニュアルの改定を提案するだろうか。これは管理者が管理者であるための第一歩である。店舗の売り上げ向上という企業目的に一致した行動は、こうしたより優れた業務処理行動をマニュアルにとりあげることで成立するのである。標準を乗り越える行動をいかに現実のものとしていくかという意味で、マニュアルではこれを標準超克と呼んで重視している。
マニュアルは従業員の自主性や創造性を奪い、職場の活性化を損なうものだとよくいわれている。これはマニュアルの本質を知らない人のたわごとである。マニュアルほど社員の自主性や創造性を向上させるものはない。社員の創造性を高めるために管理者や経営者は、他にどのような具体的手段を持っているのか。マニュアルという具体的な管理ツ−ルを準備し、それを駆使する管理者の覚悟と運用があって、初めて職場に創造性という困難な理念が具体的な行動として実を結ぶのである。
マニュアルは、「分かっちゃいるけどやめられない」弱さと「どこまでも貫く棒のごとき」強さとの両面を持つ人間存在の深い洞察から作りだされているものである。この長い歴史に裏打ちされたマニュアルを表面的な常識だけで否定してはならない。深く理解し運用を過らなければ、そして、それに伴う努力を管理者、経営者が実行すればマニュアルは、必ず成果のあがるツ−ルである。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授