標準と実際の違いに着眼するマニュアルから企業理念が見える(2/2 ページ)

» 2012年06月25日 08時00分 公開
[勝畑 良(ディー・オー・エム・フロンティア),ITmedia]
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マニュアルは使い手行動中心主義

 もう一度繰り返したい。マニュアルを作るということは、「標準を書く」ということである。そのためには、まず標準を設定しなければならない。標準を設定するためには「実際行われている業務処理行動の中で最も正確で、安定しており、かつ最もコストの低い、企業目的実現に合致した最適正行動」を摘出することが必要である。標準設定をできるのはその職場の管理者である。

 標準は従業員の合議を前提とするものではない。もちろん職場で働く社員の納得を得ることが望ましいが、一部に反対意見があっても、管理者が最適業務行動であると認定したものがその職場の標準となる。この職場におけるさまざまの業務処理行動と標準に全てが、自然に合致していくわけではない。必ず標準からの逸脱行動が起こる。

 この逸脱行動は3つに分類される。1番目は、意味のない怠慢な行動である。前述したようにこれは教育、指導というテクニックで改善される。2番目はマニュアルの設定すなわち標準設定に無理があった場合である。これは直ちに検討され、無理と管理者が認めた場合は、マニュアルが改定されていかなくてはならない。3番目は一見不適正と思われる行動が標準より優れた適正行動或いは新たな創造性の発露であった場合である。これを標準超克と呼ぶ。

 マニュアルを使った管理とは、標準設定、標準照応、標準超克の3つをきちんと管理者が実行することである。過不足のない部下との対話、不適正行動の原因性追究、適正行動の発見評価として、管理者が従業員の業務処理活動を包みこんで、職場でPDCAを回していくということである。管理者が蕎麦屋の釜になったらおしまいである。「蕎麦屋の釜」の中には何があるか。湯だけである。つまりゆうばっかり、言っているだけの管理者には、マニュアルによる管理はできない。本当に部下を愛し、信じ、育て、共生している管理者だけがマニュアルを使って企業業績に貢献できるのである。

 現実に実行できる業務処理行動を続け、マニュアルを介在させて適正行動を積み重ねていけばどのような企業にも必ずチャンスがくる。部下の行動を観察することである。人間はいやなことはできない。行動は真実を語る。嫌いな上司は避けようとするのが人の性である。適正行動が積み重なり、それが職場の経験として社員に引き継がれ、磨かれていったとき、はじめて役立つ理念が生まれるのである。理念が行動を生み出すのではない。行動が理念をつくりだすのである。行動が誇りを生み出すのである。

 マニュアルは2500年近い歴史の中で使われたという経験に裏付けられている。そして何回も苦汁をなめてきた。そのつど修正され、あるときは秘伝化され、一般化することを拒否していたこともある。カトリック教会の孤独な新人神父が、人生経験豊かな信者の告白にどう対応していくかという難問に、教会はマニュアルを作って、神父の苦しみに対応し、教義の基礎を確立したこともあった。

 マニュアルが経営技法のひとつとして利用されたのは米国においてであることは周知の事実である。しかし、どのような局面においてもマニュアルは使い手に役立つものとして作成されてきた。そのために工夫されてきた。管理者は、マニュアルを使って管理すると決心したならば、部下にどう使ってもらうかを第一に考えなくてはならない。

 マニュアルはそれ自体で完成するものではない。そのマニュアルが使われる職場環境によって、影響されていくものである。マニュアルは、それを作り、それを使わせている管理者と部下が形成する共同体感覚と呼ばれるものによって、まったく異なった標準管理効果を企業にもたらすものである。経営者、管理者はこのことを肝に銘じなければならない。

著者プロフィール

勝畑 良(かつはた まこと)

株式会社ディー・オー・エム・フロンティア 代表取締役 

1936年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、1964年にキャタピラー三菱(株)に入社。勤労部、経営企画部、資金部を経て、1986年、オフィス・マネジメント事業部長としてドキュメンテーションの制作、業務マニュアルの作成、語学教材の発行などさまざまな新規事業に取り組み、1992年4月、業務マニュアルの制作会社である(株)ディー・オー・エム(現在:株式会社ディー・オー・エム・フロンティア)を設立し、代表取締役に就任。「いま、なぜマニュアル革命なのか?」(『企業診断連載』)で平成2年度日本規格標準化文献賞<最優秀賞>受賞など論文多数。


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