現在、世界では産業のデジタル化が進みつつある。その波に乗り遅れないようにするため日本は今何をすべきか。その処方箋ともいうべき指標をベタープレイス・ジャパンの藤井清孝社長が語る。
9月8日に開催された「スマートなビジネス戦略を考えるセミナー」では、ベタープレイス・ジャパン代表取締役社長の藤井清孝氏が登壇し、デジタル時代をどう生き抜いていくべきか、また、そのためにはどのような変革が必要かを語った。
先に起こった東日本大震災に対して、海外からは交通の復旧などのスピードや秩序正しく規律が取れる日本人の国民性を称賛する声も上がっている。しかし、藤井氏は講演冒頭、このような国民性に疑問を投げかける。
「現在も被災地では復興に全力を注いでいることだろう。しかしその一方で、日本人は予防的な行動が不得意で、事後的な行動を重んじるという側面が見えていると思う」(藤井氏)
その根本には自然災害に根差した日本人の死生観があるのではないかという。自然災害は抗うことのできない運命のようなものであり、防ぐことができないというあきらめの念を持っているのではないか。そのため、被害を食い止めるという発想よりも、どのように元に戻すか、という方向に考えが向いているのではないかと藤井氏は指摘する。
次に藤井氏は、原発事故の報道で際立った、ガバナンスの質の低さを挙げた。
「一見チェック・アンド・バランスが機能しているように見えて、実はすべて同じ利益源の中で役割を分担しているだけにすぎないのではないだろうか」(藤井氏)
日本人は個人でも規律ある行動ができると言われる。それは長所ではあるが、個人の行動に依存するためチェック・アンド・バランスが働きにくい。日本人同士というホモジニアスな環境においては平時は問題ないが、状況が悪化したときに問題の本質が見えにくくなる要因になると藤井氏は注意を促す。
さらに指摘したのが、海外への情報発信の稚拙さだ。
「政治家が作業服を着てテレビに出てくるようでは、トップ企業の本社が集中する東京にも津波や原発の差し迫った危険があると思われてしまう」(藤井氏)
日本が発信するべきは、原発の問題は残るもののビジネスは問題なく動いている、というメッセージだ。日本は「Japan is back in business」を主張すべきだったのに、それができなかったと藤井氏は語る。
日本が抱えている2つの課題を藤井氏は指摘する。
1つは産業における構造の変化だ。従来の日本型産業は、生産や開発現場の力と同質な環境における長年の信頼関係から、暗黙知の強固な連携が競争力の源泉となっていた。また、品質の低いものや不完全なものは世に出さないという完璧主義も強みとしてきた。80年代の日本はこれらを武器に世界を席巻した。
しかし、このような日本型産業、すなわちクローズドで垂直統合型、ハードウェアで差別化するモデルは、現在世界的に進みつつある産業のデジタル化とは相性が悪いという。
「デジタル時代は日本型産業とは逆の、オープンなネットワーク型、ソフトウェアで差別化を図るモデルが力を持つ。このようなモデルを得意とする韓国、台湾、中国の企業に、日本のシェアはますます奪われていくことになるだろう」(藤井氏)
藤井氏は、デジタル時代に求められるのはハードウェアを生産することではなく、全体的な概念設計力であるという。
グローバルに受け入れられる概念やルールを設計し、実装するには日本のような均質な社会とは異なる環境での連携力が求められる。従来日本が誇っていた強みはデジタル化の世界においてはことごとく足かせになる。
例えばAppleは、ハードウェアの生産はコストの低いアジアなどで行い、本国では概念の設計に集中している。日本では一気通貫方式の企業が乱立し過当競争になっているため、それぞれの企業が国内で消耗する運命をたどる。「今後さらにデジタル化が進めば、従来の日本型モデルは取り残されていってしまうだろう」と藤井氏は嘆く。
課題のもう1つは、中国の台頭だ。中国は日本がたどった道とは異なるやり方で発展を遂げている。
1980年代、日本製品は米国内の自動車、家電、鉄鋼市場から米企業を駆逐してしまった。その結果、米国の対日貿易赤字は莫大なものになった。ところが、中国のそうした産業は現在サプライヤーとして米企業を支えるかたちとなっている。対中貿易は赤字にもかかわらず、中国の産業は米企業を駆逐するどころか、適度な補完関係にあるのだ。藤井氏は、中国はいつのまにかアメリカにとって日本よりずっと組みやすい相手となっているのだと指摘する。
またサプライヤーとしてだけでなく、付加価値ビジネスにおいても中国は戦略的に動いている。海外企業が中国国内に進出する際に合弁で事業を展開させる方針をとっており、その際海外企業は技術や知的財産を無償で提供することを要求される。しかし、中国という巨大な市場に大きな利益が見込まれるため、参入企業は目をつぶっているのが実情だ。こうしたことが続くと、中国は先進国の技術を別の国に安く売ることが可能となる。藤井氏は「先進国としてはこうした事態を見据えて知的財産を開示しないと、新興国市場を中国に取られかねない」と釘を刺す。
産業の構造や中国の脅威への対応をよく考えないと日本は世界はもちろんアジアでも孤立した存在になってしまうだろう。
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明治学院大学 経済学部准教授