PDCAサイクルのように過去から学んだ経験は多くの人にあるだろう。では未来から学んだことがあるだろうか。未来を感じ取って、行動を創り出すとはどういうことなのか。
米アップル社の創業者であり、2011年10月5日に惜しまれながら逝去した故スティーブ・ジョブズ氏。彼が2005年6月12日にスタンフォード大学で行った卒業祝賀スピーチの中で、波乱万丈の人生の中で培った興味深い洞察が紹介されています。
「先を予測して、点と点をつなげることはできない。あとで振り返って点のつながりに気付けるだけだ。だからこそその点が、将来何らかのかたちで必ずつながっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ……何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつにつながっていく、そう信じることで他の人と違う道を歩いていたとしても、君たちは自信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。それが人生に違いをもたらすことになる。」
未来を見通していたかのように数々の偉業を成し遂げてきた「イノベーションの巨人」として知られるスティーブ・ジョブズ氏が、先を予測して点と点をつなげることができないと言及していることに、興味をそそられた方も多くいのではないでしょうか。
われわれは、ビジョナリーな人、イノベーションを起こす人であればあるほど、はたで見ていると未来が見通せてそこに向かって一直線に猪突猛進しているように見えるのではないかと思います。
同氏はこのスピーチの中で、次のようにも語っています。「他の人の意見という雑音に自分自身の内なる声をかき消されないようにしよう。そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。心と直感は本当になりたい自分をどういうわけか既に知っている。その他のことはすべて二の次だ。」
点と点が必ずどこかでつながっていくと信じ、心と直感に従って生きる。そして、その結果としてイノベーションが生まれていく。そんな生き方に心奮え、憧れるような想いがありながらも、その一方で「そんな生き方ができるのは一部の特別な人間だけだ。自分には到底無理だ」という諦めを感じている人は少なくないのではないでしょうか。
そのような人にとって一筋の光明となりうるイノベーション理論が今、世界中で注目を集めています。その理論とは、マサチューセッツ工科大学 スローン校 経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士が提唱する「U理論」です。
当コラムでは、この「U理論」で説かれているプロセスと実践事例を紹介していきたいと思います。現代のような複雑で先が分からない状況の中を、心と直感に従いながら力強く前向きに生きていくための指針として、少しでもお役に立てますと幸いです。
まずは、この「U理論」の概要を簡単に紹介します。イノベーションの理論というと何か新商品や革新的なビジネスモデルを創り出すことをイメージするかもしれません。しかし、この「U理論」ではビジネスにおけるイノベーションだけではなく、個人、組織、社会などあらゆる規模や領域に共通する変容・創造のプロセスが提示されています。
「U理論」の大きな特徴の一つは、オットー博士が書物に埋もれながら頭の中だけでひねり出したものではなく、数多くのフィールドワークや実践から紡ぎだされてきた点にあります。例えば、世界で最も影響力があるデザインカンパニーとも言われているIDEOでは「U理論」(の最初の3つのプロセス)を製品イノベーションに活用しています。
また、ビジネスシーンだけではなく、南アフリカのアパルトヘイト問題やコロンビアの内戦、アルゼンチンやグアテマラの再建などの複雑な社会問題を解決する現場でも実践され、多大な貢献をしています。
例えば、インドで行われた「バヴィーシャ・プロジェクト」(バヴィーシャはサンスクリット語で「未来」を意味します)ではインドが国として目覚ましい経済発展を遂げている影で、47%の子供が標準体重に満たず栄養失調に陥っている現状を解決するために「U理論」が用いられ、政府関連部署、NPO、NGO、企業という多様なステークホルダー97名が一堂に会してこの問題に一丸となって取組むプロジェクトとなりました。
※「バヴィーシャ・プロジェクト」に興味がある方は、ぜひこちらの動画(YouTube)を参照しみてください。英語ではありますが、「U理論」がこれまでの手法とは違うアプローチを行っていることは感じていただけるかと思います。
この「U理論」がなぜ冒頭のスティーブ・ジョブズ氏のエピソードや生き方と関係しているのかという疑問を持つかもしれませんが、それを伝えるためにもまず「U理論」が生まれた背景を紹介します。
「U理論」の誕生には、オットー博士がグローバルな戦略コンサルティングファームであるマッキンゼー&カンパニーから、世界でもトップクラスのリーダーにインタビューを行うプロジェクトを依頼されたことが大きな契機になっています。
現在のような、グローバル経済の発展によって競争は激化し、付加価値はすぐに模倣され、ますます差別化しにくくなっていく環境の中で生き抜くために必要な真の競争優位の源泉は何かということを解明しようとする試みでした。
依頼を受けたオットー博士は、学者、企業家、ビジネスマン、発明家、科学者、教育者、芸術家など多岐に渡る領域において革新的な業績を残している150人のリーダーにインタビューを行います。そのうちの一人であったのが、ハノーバー保険のCEOを勤めた経験を持つビル・オブライアン氏です。
同じ状況、同じ課題であったとしても、全く異なる結果が出るのはなぜなのか。ビル・オブライアン氏が何年もの間に渡って組織変革プロジェクトを経験し、成功を収めてきた結果たどり着いた答えは、変化が実現できるかどうかは推進者の「内面の状況(インテリアコンディション)」にかかっているということでした。
オットー博士は、自身もこの洞察が思い当たるような経験をしていたこともあり、非常に触発されました。そして、その後のインタビューでも、多くのリーダーの口から、普通の人と創造する人の違いとして「内面の状況」の重要性が繰り返し語られたのです。
このような経緯から、オットー博士はイノベーションが起きる時のリーダーの「内面の状況」は一体どのようなものなのかということに興味を持ち始めます。そして、この世界トップクラスのリーダーへのインタビューや多くの研究と実践に没頭した結果、「U理論」は誕生しました。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授