大切にしていることは時間の軸。自分がのように本と出会って、どう楽しんで、次の本と繋がっていったか。読書体験のプロセスを、少年時代から開示してみた。
『生物と無生物のあいだ』(講談社/刊)が話題となり、今回新刊『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー/刊)を刊行した福岡伸一さん。本書は、読書家として知られる福岡さんが、これまでの人生のポイントごとに読んだ本を紹介していくという、一風変わったブックガイドです。同氏は膨大な読書体験の中からどのように本書で取り上げる本を選んでいったのでしょうか? また、本書に込められたメッセージとは?
――本書『福岡ハカセの本棚』は、読書家として知られる福岡さんが選りすぐった本が100冊紹介されています。それぞれの本の紹介もさることながら、それらが福岡さんご自身とどのように結びつけられたか、ということも書かれていて興味深かったのですが、本書で取り上げた本というのはどのように選定されたのでしょうか。
福岡さん(以下敬称略):「タイトルに“ハカセ”とありますが、そんなに偉そうなものではありません。何か好きなことが一つあって、それをずっと好きでい続けていれば博士になれます。この本はそういうメッセージも込めています。
この本の中でわたしが大切にしていることは時間の軸です。本を紹介しているブックガイドはたくさんありますが、そのほとんどは単に書評をたくさん集めたものなので、そういうものとは違う本の案内を作ってみたいと思っていました。となると、自分がどういう風に本と出会って、どう楽しんで、どう次の本と繋がっていったかという読書体験のプロセスを、少年時代から開示するのが一番いいのではないかと思ったんです。そのプロセスの中で、わたしの読書の出発点となった本や、それをきっかけに読書が発展していったというような本、転換点となった本など、道しるべのような本を選んでみました」
――図鑑から始まって冒険モノに飛ぶなど、子ども時代の福岡さんの読書はとてもダイナミックに広がっていったことが読み取れます。あるジャンルから別のジャンルに飛んだ時というのは福岡さんの中でどんなことが起こっていたのでしょうか。
福岡:「実はそんなに大きくは飛んでいないんですよ。ある場所に行くと、その場所から景色が見えたからそこに行ってみたとします。そこに行ってみると新しい窓があって、また新しい風景が見える。そんな風に道なき道を歩いて地図を作っていくように読書体験が進んでいきましたね。
この本の帯をどうするか考えた時に、一つのアイデアとして“あなたはマップラバーですか?マップヘイターですか?”というキャッチコピーがあったんです。人間は地図が好きな人(マップラバー)と地図が嫌いな人(マップヘイター)に二分できるんじゃないかというのがあって。わたし自身、“地図が好きな少年”として出発して世界の地図を作りたいと思っていました。それは文字通りの地図ではなく、世界の成り立ちを一つひとつマークしていくという意味ですね。それを続けることによって世界の成り立ちを知ろうとしていたんです。
例えばわたしは虫が好きだったので、きれいな蝶だとか光るカミキリムシを、図鑑を見ながら一つひとつ現実の世界と照合していくことによって世界の成り立ちを知ろうとしていました。その過程で冒険記とか航海記だとか、何かを探しながらそれを見つけていく小説や物語、ドキュメントなどに読書が発展していったんです。そうやってステージごとに読書が進んでいったので、わたし自身の感覚ではそんなに大きなジャンプがあったわけではありません。ただ、ある本を読んで、その本に書いてあったことから次の本と予期せず出会ったということはしばしばありましたね」
――本書にはさまざまなジャンルの本が紹介されていますが、ビジネス書や自己啓発書は取り上げられていないように思いました。あまりこういった本とは接点がなかったのでしょうか。
福岡:「そうですね。ビジネス書とかハウツー本の類、あとはドストエフスキーや谷崎潤一郎といった、いわゆる“文豪”の作品もあまり入っていません。
わたしの読書は何でもかんでも古今東西の名著を渉猟してきたわけではなくて、基本的にマップラバーとして、世界の成り立ちを知ろうとする過程でおもしろい本と出会ってそれを読むというものでした。その意味では、『福岡ハカセの本棚』は、わたしのパーソナルな読書歴なのですが、読者の方も“そういうえばわたしも読んだな”とか“タイトルだけ知ってたけど読まずじまいだったな”という本を見つけることができると思うんですね。それをきっかけに読書の楽しみを再発見してもらえばいいと思います。あとは、わたしは教育者でもあるので、“こういう本を読むとおもしろい人生がひらけるよ”という意味で、若い人、あるいは子どもを育てている人たちに向けたメッセージでもあります」
――わたしはどちらかというと、福岡さんと同じくマップラバーの読書をしてきたのでそのご説明についてはよく分かるのですが、反対にマップヘイターにはどのような特徴があるのでしょうか。
福岡:「さっき、人はマップラバーとマップヘイターに二分できると言いましたけど、本当はそんなに単純なものではなくて、ある個人の中にマップラバー的な側面とマップヘイター的な側面が同居していて、ある時にどちらかが強くなったりします。
マップラバーというのは俯瞰的、鳥瞰的に世界を見て、その中で自分の位置を定位し、そこで初めて目的地への行動を開始します。例えば物を買う時は、まずカタログを取り寄せて、それぞれ性能を比べて、“上から三番目くらいの物がちょうどコストパフォーマンスがいい”というように判断して買い物をします。でも、そうじゃなくて直感的に目的地まで行けちゃう人もいるんですよ。
逆説的ですけど、マップラバーは方向音痴なんです。地図がないとどちらにも行けないわけで、地下鉄から降りて地上に出ると、東西南北が分からなくてどっちに行けばいいか分からない。でも、マップヘイターの人は地下から階段をぐるぐる登って地上に出ても“たぶんこっちだよね”と、目的地に歩きだせてしまう。直感的に自分と太陽の関係とか、自分とすぐ近くの郵便局の関係とか、ローカルな関係を繋いで目的を達せられてしまう人がマップヘイターですね」
――そういった方は、読書に関しても直感的に自分が欲している本が分かるるのでしょうか。
福岡:「マップラバーが地図のような“全体像”を大事にするのに対して、マップヘイターは“ローカルな関係”を大事にします。だから、地図はいらないけど、身近なものの差異や近くのものとの関係を見抜く力がある。それを手がかりにとりあえず進んでいけるという意味ではマップヘイターの方が敏感な観察者かもしれません。
例えば本屋さんに行って、探していた本を手に取ろうとしたら、その本の隣に変なタイトルの本が並んでいるのを見つけたとします。何かと思って手に取ると、探していた本と同じ著者の本で“こんな本を書いていたのか”という出会いがあったり、あるいはまったく別の著者が書いた本なんだけど、今の自分の問題意識に通じるところがあったり、そういった予期せぬ出会いがその本の周りに、ある種の関係として並んでいる。そういうものに出会うのがマップヘイターの読書だと思います。
あとは、探している本の売り場に向かう途中で、平積みされた本の中に偶然目に留まるものがあったとか。そういうことを大切にできるのがマップヘイターのあり方で、それが本屋さんや図書館にはあるわけです」
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