『福岡ハカセの本棚』著者 福岡伸一さん話題の著者に聞いた“ベストセラーの原点”(3/3 ページ)

» 2013年03月22日 08時00分 公開
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「書を捨てよ、町へ出よう」ではなく「早く帰って本を読もう」

福岡伸一氏

 ――社会人になると、本を読みたいと思っていても仕事などで時間を取られてしまい、なかなか思うように読めないものです。こういった人たちに向けた読書の秘訣がありましたら教えていただければと思います。

 福岡:「本ってたくさん読めばいいというものじゃないですよ。何か一つでも心に響く言葉が書かれている本、これはいいなと思えるような本が一冊でもあれば、それをちょっとずつ読めばいいと思います。わたしだって一冊の本を隅から隅まで精読できることは限られていて、飛ばし読みや斜め読みしないといけないこともあります。それでも繰り返し読むとその度に新しい発見がある本っていうのもやはり何冊かあるわけで、そういう本は大切にしています。だから、忙しい人ほど好きな作家や気に行った作者の本を繰り返し読めばいいんじゃないかと思いますね」

 ――好きな作家といえば、本書の中で村上春樹さんとカズオ・イシグロさんの本を何冊も取り上げていらっしゃいましたね。

 福岡:「そうですね。村上春樹だと『ノルウェイの森』とか『1Q84』とか『ねじ巻き鳥クロニクル』が好きという人が多いと思うんですけど、わたしは『国境の南、太陽の西』っていう中編小説が一番好きです。村上春樹のいろんな側面が詰まっていて、文章の構築も味わい深いので繰り返し読んでいますね。旅行に行く時などは、持っていってパラパラ見たりしています」

 ――福岡さんが最近読んでいいなと思った本を3冊ほど挙げていただけますか?

 福岡:「難しいですね(笑)一つは新潮社の編集者だった松家仁之さんが会社を辞めて書いた小説なんですけど『火山のふもとで』です。建築家をめざす青年の視点から書かれた静かながら味わい深い物語です。

 二冊目は、生物の本で『右利きのヘビ仮説―追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化』という本。カタツムリには右巻きと左巻きがいるんですけど、どうやって見分けるかというと、カタツムリの殻の口になっている部分を手前に向けて、その口が右にあるのが右巻きで左にあるのが左巻きなんです。カタツムリっていうのは雌雄同体で、オスでもありメスでもある。つまり両方の生殖器を持っているんですけど、右巻きのカタツムリの生殖器は右にあって、左巻きのカタツムリの生殖器は左にあります。だから、交尾しようとすると、右巻きなら右巻き同士が出会い頭に体を寄せ合うようにしないとできないんですよ。反対巻きのやつとはできないんです」

 ――人間からするとちょっと想像もつかないですね…

 福岡:「それもあって、右巻きのカタツムリは右巻きだけの集団を、左巻きのカタツムリは左巻きの集団をつくらないといけません。もちろんどっち巻きかっていうのは遺伝子が決めることなので、ごく稀に右巻きカタツムリの集団の中に左巻きカタツムリが生まれたりもするんですけど、どっちかが優勢にならざるを得ない。ところが、沖縄の八重山諸島の孤島を調べて、ある島には右巻きカタツムリがたくさんいて、別の島には左巻きがたくさんいることに気がついた生物学者がいて、その原因を究明するというのがこの本です。結論に至るまでの旅路が面白いんですよ。

 最後の一冊は『山手線に新駅ができる本当の理由』ですね。この本には山手線に40年ぶりに新しい駅ができる可能性があると書かれています。どこにできるかというと品川と田町の間で、そこにはJRの広大な土地があるんですけど、その土地は電車が一時退避したり整備したりするための車両基地になっているんです。現在、常磐線とか宇都宮線、高崎線は上野で止まっていて東京駅まで来ていません。でも、東京駅まで延伸すればその車両基地がいらなくなって再開発に回せる、というようなマップラバー好みの話題が次々と書いてあってわくわくする本ですね」

 ――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。

 福岡:「“書を捨てよ、町へ出よう”の逆で、“早く帰って本を読もう!”にしましょうか(笑)」

取材後記

 独特のおだやかな語り口でご自身の読書について語ってくださった福岡さんでした。福岡さんがこの本でしているように、普段何気なく手に取って読んでいる本も、自分のこれまでの人生を振り返って、どんなタイミングで読んだのかを考えてみることで、自分と本の関係や自分の思考パターンが見えてきます。それは、今後の読書を新しい局面に導いてくれるはずです。

(インタビュー・記事/山田洋介)

著者プロフィール

福岡伸一

生物学者。1959年、東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2007年に発表した『生物と無生物のあいだ』(講談社/刊)は、サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞し、ベストセラーとなる。『動的平衡』『フェルメール 光の王国』(木楽舎/刊)、『せいめいのはなし』(新潮社/刊)、『ルリボシカミキリの青』『生命と記憶のパラドクス』(文藝春秋/刊)など著書多数。幼い頃から幅広い読書を続けてきた「本の虫」でもある。


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