勢いよく始まったプロジェクトが計画倒れで終わることが多い。勢いを持続するためには「注意」を集め、良い「習慣」を植え付ける、イノベーションに楽しくかつ簡単に「参画」できるようにする。そして、「コミュニティ」を活性化させることが必要である。
イノベーションを連鎖的に起こすには、人間のもつ創造性やパーソナリティ、内発的動機づけ、行動変化といった「曖昧かつソフト」な側面も巧妙に駆使することが必要であると前回までに述べた。今回は、イノベーションを起こそうという「動機づけ」に続いて、その気勢を殺がずに更に「勢いづける」ための施策について述べたい。
威勢よく始まるもわずか1〜2年で計画倒れになるイノベーション・プロジェクトがあまりに多い。この一般的な理由は、鳴り物入りで始めたイノベーションの勢いづけを持続させるという課題にリーダーが取り組んでいないことである。イノベーションを持続させるには、スタッフの「注意」を集めること、良い「習慣」を植え付けること、イノベーションに楽しくかつ簡単に「参画」できるようにすること、そして、「コミュニティ」を活性化させることが必要である。以下に、イノベーションの勢いづけを保つための、「注意」「習慣」「参画」「コミュニティ」についてマネジメントが注意を払うべき点、配慮すべき点について、それぞれ述べる。
イノベーション活動のために時間と注意を確保することは、イノベーションを維持する上で重要な要素であるが、見過ごされていることが多いという。見方によれば、イノベーションはダイエット活動に似ている。重要なことだし、やらねばならないことだと分かってはいるが、継続するのが途方もなく難しいのである。したがって、イノベーション・プロセスに取り組むときは、心理的要因と行動的要因に働きかける段階を最初に意識しなければならない。他のプロセスやプロジェクトを設計するように、革新的な行動に直接影響を与える要因 (相互対話、会議、作業環境、スケジュール、インセンティブなど)を設計するための時間と労力を確保する。思考や行動の設計は、まだ一般的ではないものの、最近注目されつつある重要な研究分野である。この分野では、心理的要因と感情的要因を組み込むための意識的なアプローチを重視している。
自分が破壊的イノベーションを目指すのか、それとも、より従来型の漸増的イノベーションを目指すのかということを事前に決めておくことが必要である。破壊的イノベーションには、漸増的イノベーションとは異なる心理的推進力が必要となる。例えば、破壊的イノベーションとは一定の問題に対して解決策を生み出すというより、「問題に取り組んで」抽象的に思考するということである。また、これに取り組む人材に対して、報酬などの外発的動機づけよりも、興味や好奇心といった内発的動機づけを大幅に重視しなければならない。
また、破壊的イノベーションには定型業務の中により大きな心理的「余裕」が必要である。「心理的な配分」に十分考慮して、破壊的イノベーションと漸増的イノベーションのそれぞれに対する注意力を適切に振り分ける。どちらのイノベーション・モデルが「正しい」という絶対的基準はない。企業によっては、多数の漸増的改善によって大きな利益を得ているところもあれば、漸増的イノベーションと破壊的イノベーションを両立させようとしているところもある。また、ビジネスモデルが時代遅れになったために、従来の方法を打破する破壊的な解決策を見つけ出すような破壊的イノベーションに迫られている企業もある。イノベーションに適切なレベルの注意を向けるためにも、自社が何を目指しているのかを知ることが重要である。
勢いを保持するには、イノベーションを習慣化することである。換言すれば、行動の自動操縦システム(これが最も抵抗が少ない)に、現状維持ではなく、現状革新を組み込むということである。イノベーションに時間を投じるといった新しい行動が自然にできるようになると、イノベーションをいつ・どのように行うかを判断する必要がなくなる。そうすれば、こうした思考に費やしていたエネルギーをイノベーションそのものを思考するなどの活動に使えるようになる。
イノベーションを自分のルーチンそしてチームのルーチンの一部にすることは、イノベーションの勢いを保つための強力な心理的推進力になる。『習慣の力 The Power of Habit』の著者Charles Duhiggは、すべての習慣は「きっかけ」「ルーチン」「報酬」という同じループをたどると指摘している。良いイノベーション習慣を生み出すために、マネジメントは望ましいルーチン(例えば、週1回のスタッフ会議でイノベーションに時間を投じる)を確立し、このルーチンを関連する「きっかけ」「報酬」を使って固める必要がある。
彼は、一般的に習慣化への引き金となる5つのきっかけを挙げている。それは、「場所」「時間」「心理状態」「自分以外の人物」「直前の行動」である。ビジネス環境に当てはめて考えると、場所と時間が最も取り組みやすい。イノベーション・リーダの中には、毎回のスタッフ会議(きっかけ)を始動するに当たり、従業員同士で社内外で目にした興味深いイノベーションを共有する「イノベーションの瞬間」を実施する人もいる(ルーチン)。ただし、新しい行動 (ルーチン)が現実的であることを確認する。また、ルーチンは報酬につながらなければならない。こうした報酬は、「新たな学習があった」「新しい人との交流が楽しかった」などの内因的なものが望ましい。人間の心理的報酬を理解して転換することは容易ではないが、習慣を変えるにはこれが不可欠である。
良いイノベーション習慣を育成するその他のアプローチは、次のとおりである。
1.個々に異なるルール、目標、成果物を持つ固有のイノベーション・プロセスとイノベーション手順を作る
プロセスは、習慣を組織に根付かせるには良い方法であるが、イノベーション・プロジェクトのニーズは、例えば、通常の開発プロジェクトのニーズとは異なる。的を絞ったイノベーション・プロセスは、不適切なプロセスの煩雑性を回避し、一連の適切なプロジェクト習慣に基づいてイノベーションを始動させることができる。
2.イノベーションのための物理的環境を作る
リーダは、全社横串の交流を促すソーシャルな物理的環境を用意することで、「談論風発」なチャンスを増やすことができる。つまり、固まりきれていないアイデアがさまざまな専門領域、プロジェクト、ビジネス部門と出会える場を作るのである。
3.イノベーションを常に想起させる環境に従業員を置く
ある企業では、イノベーションの重要性を従業員が忘れないようにするために、会議室の壁を過去のイノベーションの事例(すべてが成功したわけではないが)で装飾した。
「習慣」は次のように要約される。イノベーションの強化につながる習慣を通して、リーダーはスタッフの考え方と行動を変えることができる。習慣化することで、イノベーションをより身近でより日常業務に近いものにすることができる。リーダーの役目には、自社の文化がいかにイノベーションを抑圧しているかを理解し、イノベーションが生まれるあらゆる場所でこうした抑圧と闘うことも含まれる。イノベーションをルーチン化するために、まずは、習慣化させる小さな反復可能行動から始める。
イノベーションをゲームに変えることで、楽しく容易なものにすることができる。ゲームの仕組みを非ゲーム環境に適用するゲーミフィケーションは、特定の行動を促すインセンティブを与える上で有効であることが証明されている。
南米の某情報サービス業の企業では、仮想貨幣によって従業員はアイデアを提供したり、アイデアに投資したりすることが可能となる。貯めた通貨を休暇、品物(iPad)、CEOと一緒に朝食を食べられる権利と交換することもできる。
ゲーミフィケーション以外には、ファン&イージーテストを実施して楽しくかつ、容易にイノベーションに参画できるかどうかを検証する方法があげられる。
1.アイデアの提供は、どれほど面倒な作業か。アイデアを提供するまでに、複数の段階を踏まなければならないか、それとも1段階で終わるか
アイデアの提供までに2段階以上の段階を踏む必要がある場合、または、イントラネット上でのフォーム入力といった単一の厳格な方法に従わなければならない場合、アイデアを提供しようという機運が低下する恐れがある。このようなプロセスは全く楽しくなく、間違いなく簡単でない。
2.潜在的なイノベーターは、アイデアを実験するためにどの程度の承認が必要か。複数の組織階層から承認を得る必要があるか
業務時間を構想作業に当てる場合、これを自分で判断できるか、それとも直属の上司に断りを入れなければならないか。アイデアを実験するのにいくつもの組織階層から承認を得なければならない場合、将来のイノベーターは動き出す前にイノベーション意欲を失ってしまう恐れがある。可能な限りイノベーションに容易に着手できるようにする。
3.自社のイノベーション・プロセスは、アイデアの決行/中止の判断のために、アイデアをどの程度足止めさせるか
これが数時間、数日であれば問題ないが、数週間、数カ月を要する場合、イノベーションの勢いが殺がれる可能性がある。前進しようという動きが弱いため、アイデアを取り巻くエネルギーが消滅し、実際にはイノベーション・プロセス全体が徐々に弱体化するのである。要するに、次に該当する場合、イノベーション・プロジェクトは勢いを失う恐れがある。
イノベーションをゲームに変えることで、楽しく容易なものにすることができる。ゲームの仕組みを非ゲーム環境に適用するゲーミフィケーションは、特定の行動を促すインセンティブを与える上で有効であることが証明されている。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授