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» 2014年06月02日 08時00分 公開

飛躍:国民皆保険へと動き出したインドネシアヘルスケア産業の魅力と落とし穴 (3/4)

[諏訪 雄栄(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

2、求められているのは世界最先端の医療モデル

 2つ目の"落とし穴"は、インドネシアで求められる医療は、先進国ほど品質の高いものではなく、むしろ安価な製品やサービスだ、という先入観である。筆者自身、製薬会社での経験から、インドネシアで使われている医薬品はジェネリック、中でもピュアジェネリックが多く、高価な新薬に対する需要は極めて限定的であると理解していたし、医薬品以外に関してもそうだろうという先入観を持っていた。事実、そういう側面はある。図Gを見てのとおり、インドネシアは医療資源(ヒト・モノ・カネ) が圧倒的に不足しており、まずは全国民に対し安価で良質な医療へのアクセスを担保する、ということが国家としての最優先事項であることは間違いない。

図G:医療資源の国際比較(ASEAN+日本)

 しかし、医療資源に乏しい国が安価で良質な医療へのアクセスを担保するためには、極めて高度な医療システムが必要になる、という事実は見落としがちである。ヒト・モノ・カネ全てが不足しているインドネシアが、先進国のような医療インフラを作るのは果てしない道のりであるし、必ずしもそれがベストなわけではない。安価で良質な医療インフラを実現するには、スマートフォンによる遠隔診断やWEBベースでの医師によるコンサルテーション、医薬品のモバイルコマース、在宅ケアや予防医療など、先進国でも試行錯誤中の医療モデルを率先して取り込んでいかなければならない。

 実際、ここで挙げたようなe-Healthの分野は、先進国と同時並行で新興国でも発展しつつある。例えば、メキシコのMedicalHome は、月額5ドルの定額制で携帯電話による医師のコンサルテーションサービスを実施しており、遠隔地に住む市民や医療保険未加入者に対する医療サービスインフラとして機能している。また、インド最大の病院グループであるアポログループは、傘下のアポロ・テレヘルス・サービシズを通じてインドの農村部の患者に遠隔医療を提供しているし、同様のサービスをミャンマーのヤンゴンでも開始した。メキシコやインドと同様の課題を抱えるインドネシアもe-Healthによるアプローチ、そのプラットフォームの構築が望まれているはずだ。

 高度で先進的な医療モデルが必要な理由はもう1 つある。それが医師をはじめとする医療従事者が求める環境だからだ。隣国のマレーシアは、優秀な医師のシンガポールへの流出に悩まされている。マレーシアもPublic とPrivate の二層構造とシンガポールへの患者流出という、インドネシアとよく似た構造的課題を抱えている。特に医療従事者にとっては、マレーシア国内ならPublic よりPrivate、マレーシア国内にこだわらなければ、マレーシアよりシンガポールで働くほうが自身のスキルや知識の向上、ワークライフバランス、給料のいずれもがよくなる、ということもあって、優秀な医師になればなるほどシンガポールに流出してしまう、という深刻な問題を抱えている。

 例えば、マレーシアのPublicの病院に勤務する医師は、あらゆる診療科をカバーしながら休みなく働き、自分の研究もままならないのに比べ、シンガポールにいけば自分の専門領域の診療に専念しながら、世界最先端の施設で最先端の研究も同時に行える環境が手に入るというわけだ。今ではシンガポールのマウントエリザベス病院で働く医療従事者の半数がマレーシア人という。マレーシアは、こうした医療の頭脳流出を食い止めるべく、国内に最先端の医療を持ち込むことに躍起だ。インドネシアも、国内に優秀な医療従事者を引き止められるような環境を作ることができなければ、患者のみならず医療従事者の海外流出に拍車がかかり、インドネシア人医師がマレーシアやシンガポールに増えるとますますインドネシア人の患者が流出してしまうだろう。こうした悪循環を生まないためには、「インドネシア国内でも先進的な医療に触れることができる」という環境を作らなければならないのである。

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