例えばコーラを考えてみてもいい。今で言う「クラシックコーク」が長い間、単一商品として君臨していた。しかしながら、その後「Light」や「Zero」が出てきて、最近では「特保」まである。今後も、さらなる新商品が出てくることであろう。
医薬品においても同様のことが言える。現代の新薬は、極めて限定的な疾患領域で申請・承認され、その後、API(Active Pharmaceutical Ingrediants の略。日本語では原薬といい、いわゆる薬の有効成分のこと) の容量を変更したり、剤形(錠剤・粉剤などの形状のこと) を変更したり、他の疾患領域へと適応拡大を図ったりという、エントロピーの拡大が見られる。
多種多様なプロダクトが出てくると、それぞれのプロダクトに応じた価格のバリエーションが用意される。これを価格エントロピーの拡大と呼ぶ。
当然のことながら、様々な価格の様々なプロダクトが売り出されるのは、様々な顧客層が当該プロダクトを求めるようになるからであり、これを顧客セグメントエントロピーの拡大と呼ぶ。(図A参照)
異なる顧客セグメントに、異なる価格の異なるプロダクトを販売するためには、それぞれに合わせた販売チャネルが必要になる。チャネルエントロピーの拡大である。
そして、プロダクト・価格・販売チャネルが異なれば、それに応じたプロモーションが求められるようになり、プロモーションエントロピーの拡大が見られるのである。
もちろん常にこれらすべてのエントロピー拡大が起こるというわけではないが、顧客セグメントおよび4P(Product、Price、Place、Promotion) のエントロピー拡大(マーケティングエントロピーの拡大) については、比較的受け入れやすい概念なのではなかろうか。
これに加え、バリューチェーンエントロピーの拡大という現象が起こる。その点については、若干の説明を必要とするように思われる。
図Bの左側を見て欲しい。これは、携帯電話事業のバリューチェーンを模式化したものである。
携帯電話産業の黎明期においては、研究開発・サービス開発、ネットワークの建設・運営、サービス提供、課金・請求、カスタマーサポートといったすべての要素が、通信事業者自身で行われていた(いわゆる垂直統合モデル)。しかしながら現在では、図Bの右側のように、研究開発のために各社ともベンチャーキャピタル事業を行い、自社のみならず積極的なオープンイノベーション策を取っている。ネットワーク建設においても、ベンダーファイナンスなどの手法を使ったり、あるいは海外では鉄塔の複数事業者間での共有などの動きが見られる。サービス提供においては、コンテンツ事業者やOTT(Over The Topの略。LINEやWhatsAppのように、インターネット上で各種の通信サービスやアプリケーション・コンテンツを提供する事業者。通信事業者が提供するサービスよりも上のレイヤーのサービスを提供するため、このように呼ばれる。)プレーヤーとの競争と協調を見せている。課金・請求においても一括請求サービス事業者がおり、カスタマーサポートの代表格であるコールセンターは、概ねアウトソースされている。
このように、現代では一つのサービスを提供するに際し、多くの事業者がそこに携わっているのである。これがバリューチェーンエントロピーの拡大である。
上で述べてきた様々なエントロピーの拡大を総じて、「ビジネスエントロピーの拡大」と呼び、以後、これについて考えてみたい。
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明治学院大学 経済学部准教授