「ルンバ、トリダス、UCCミルクコーヒー」――ヒットの影にニーズの断捨離ありITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)

事業戦略をいかに立てるか……。戦略とは「戦いを略(はぶ)く」ことであり、お客さまが買う理由を考え抜くことから始まる。

» 2015年02月02日 08時00分 公開
[山下竜大,ITmedia]

 「ITmediaエグゼクティブ勉強会」に、シリーズ50万部を超える『100円のコーラを1000円で売る方法』の著者であり、ウォンツアンドバリュー代表である永井孝尚氏が登場。2014年9月に発行された『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ』に基づき、「お客さまが買う理由」から始まる事業戦略の作り方をテーマに講演した。

「お客さまの言いなり」は戦略ではない

永井孝尚氏

 永井氏は、「3年前に『100円のコーラを1000円で売る方法』という本を出版し、この中で“バリュープロポジション”という考え方を提唱した。この講演のテーマも当初は、“バリュープロポジションから始まる事業戦略の作り方”だったが、日本語でよりわかりやすくお伝えするために “お客さまが買う理由”に言い換えた」と話す。

 「お客さまが買う理由を考える」ために、具体的にはどのように事業戦略を作っていくのか。事業戦略とは、事業を成功させるための戦略である。それでは、戦略とは何のために立てるのか。永井氏は、「戦略とは“戦うために立てるもの”と考えがちだが、それは間違いである。戦略の文字は “戦いを略(はぶ)く”と書く。つまり無益な戦いを回避し、戦わずして勝つために考えるものが戦略である」と語る。

 「戦わずして勝つためには、お客さまが買う理由を考え抜くことだ」と永井氏は言う。例えば、日本の家電メーカーのリモコンには、30秒スキップや1.3倍速、Gコード入力など、さまざまな機能が搭載されている。これらの機能は利用者の要望を取り入れた結果であるが、必ずしも使いやすいとは言い難いし、どの日本メーカーも同じようなリモコンを作っている。一方、Apple TVのリモコンは、ボタン3つとシンプルで非常に使いやすい。

 総務省の調査では、この10年でテレビ視聴率時間は減っているという結果が報告されており、減った時間はスマートフォンをはじめとするネットの利用に費やされている。グローバルでテレビのシェアを伸ばしているある海外メーカーは、スマートフォンよりも使いやすいデザインを考え、スマートフォンに奪われた時間を取り戻そうとしている。

 一方、日本のメーカーは、減少し続けているテレビの視聴率時間を獲得するために似たような機能競争をしている状況だ。永井氏は、「日本の家電メーカーのリモコンは、お客さまの言いなりになった結果である。“お客さまの言いなり”は戦略ではない。モノ不足で大量生産・大量消費を行っていた時代はそれでもよかったが、市場が縮小している現在、お客さまの言いなりになっていると差別化できない。その結果、価格競争をするしかなくなる」と話している。

水道哲学からニーズの断捨離へ

 永井氏は価値勝負の例として、ロボット掃除機の例を説明した。2012年のロボット掃除機の市場規模は38万台で、iRobotのルンバが74%のシェアを持っている。対する日本メーカーは、技術力があったにも関わらず、ルンバのような製品を率先して市場に投入することができなかった。ある日本の家電メーカーの本部長は、「技術的には作れるのだが、『仏壇にぶつかって、ろうそくが倒れて火事になったら誰が責任を取るんだ』というような議論に時間がかかってしまう。結局、すべてのお客さまを満足させようと考えるため商品化に至れない」と話している。実はこの考え方は、電機業界以外の多くの日本企業にも当てはまる。

 なぜ多くの日本企業が同じように考えるのか? それを理解するカギが「水道哲学」だ。パナソニックの創業者である松下幸之助氏が、1932年5月の松下電器産業第1回創業記念式典で初めて語ったのが、「水道哲学」だ。水道哲学を要約すると「水道の水のように、ただ同然で家電製品を無尽蔵に提供する」という考え方である。電球1つ購入するのもたいへんだった貧困の時代、「ただ同然の価格で家電製品を提供する」というビジョンは画期的だった。

 しかし現在、水道哲学は達成されている。それでは次に目指すべきは何か。

 「ルンバは、“掃除は手間がかかる”という常識を覆し、スイッチひとつで自動化させたことで新たな顧客を創造した。またダイソンのエアマルチプライアーは、“扇風機の羽根には注意”という常識を覆し、羽根をなくしたことで安全重視の新たな顧客を創造した。さらにフィリップスのヌードルメーカーは、“麺は買うもの”という常識を覆し、麺は作るものという新たな常識を創り上げ、こだわりの顧客を創造している」(永井氏)。

 ちなみに、フィリップスでヌードルメーカーを企画したのは、フィリップス日本法人の企画担当者である。つまり日本人でも発想の転換により、新たな市場を創造できるということだ。

 水道哲学が達成された現在、必要なのが「ニーズの断捨離」への思考変革である。貧困の時代には、すべての人に安価で多機能な製品を提供することが必要だった。しかし貧困の時代が終わり、潤沢な時代に入っている現在、高価でも5%の人がほしいと思うこだわりの機能を提供することが必要になる。

 しかし大企業では、5%の顧客を相手にするのでは商売にならないため、10人全員を満足させる商品を作ろうとしがちだ。永井氏は、「これが間違っている。断捨離すべきはお客さまではなくニーズである。あらゆるニーズへの対応を考えるのが水道哲学であり、そのうちの5%を徹底的に掘り下げて考えるのがニーズの断捨離である」と話している。

 水道哲学とニーズの断捨離の違いは、顧客絶対主義と顧客中心主義ともいえる。顧客絶対主義では、お客さまは神様と考える。お客様には絶対に「ノー」と言わない。その結果、価格で勝負することになる。一方、顧客中心主義では、お客さまは大切な人である。お客様が間違えたら助け、気づかない要望に応える。そして顧客に「すごい」と言わせる価値で勝負する。

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