『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ』では、お客さまが買う理由を考えるためのフレームワークが提供されている。このフレームワークは、以下の6項目から構成される非常にシンプルなものだ。
1.自社の事業
2.自社ならではの強みは何か?
3.その強みを必要とするお客さまは誰か?
4.そのお客さまは何を必要としているか?
5.お客さまが自社を選ぶためにはどうすればよいか?
6.お客さまが買う理由は?
シンプルであるが、実はこれをお互いに矛盾なく構成するのは、簡単ではない。永井氏は、「しかし、価値を生み出すためにはこれを徹底的に考え続けなければならない。これが出来ないから、価格競争になり疲弊してしまうのだ」と語る。
たとえば業務用ミラー専業のコミーは社員14名の小さな会社であるが、80%〜90%の高い市場シェアを持っている。コミーの業務用ミラーは高いものでは1枚10万円〜20万円程度。決して安くはない。
コミーの業務用ミラーが航空業界に採用されたのも、実はこのフレームワークに沿って考えた結果だ。
コミーの強みは、凸面鏡のように広い範囲が見える軽量の業務用ミラーを提供できることだった。しかしこのままでは、航空業界に採用されなかった。コミーは顧客を理解するために、羽田の整備工場を見学し、お客様が乗客、客室乗務員、航空会社という3種類のユーザーと、航空機製造メーカーという購入者の4種類があることを把握し、それぞれのニーズが異なることを学んだ。乗客のニーズは、忘れ物を防止したいこと。客室乗務員のニーズは、乗客全員が降りた後の手荷物入れ検査の時間を短縮したいこと。航空会社のニーズは、乗り換え時間を短縮することで航空機の稼働率を向上したいことだった。さらに航空機製造メーカーのニーズは、割れず、燃えず、傷つかず、薄い鏡を必要としていたことだ。こうして得られた知見をもとに、コミーは特種プラスチックを使って軽量化を行い、耐久性や耐火性を向上、さらに世界各国の航空局の許認可を得て、ボーイングやエアバスに納入できるようになった。
この結果、航空機用ミラーはエアバスとボーイングの最新鋭機種の手荷物入れにも標準装備されるようになった。すでに累計20万台に搭載されているが、これまでにクレームはゼロという。
では、なぜいま、このフレームワークで考えなければならないのか。それはかつての事業開発モデルが破綻しているためである。かつての水道哲学モデルでは、1〜2年をかけてじっくり製品を開発した上で、製品を販売していた。高度成長期までは、モノが不足していたのでこの方法でもうまくいった。しかし現在、この方法で製品を開発しても、差別化できずに「他社と同じだ」と言われてしまい、売れないのだ。
「ニーズ断捨離モデル」では、少人数の顧客開発チームで、お客様に、製品を開発する前にひたすら仮説検証を繰り返す。先のフレームワークが、この仮説検証の「仮説」に相当する「お客様が買う理由」になる。しかしこれはオフィスでいくら考えても、絶対正解にはならない。そこで正解にたどりつくために、リアルのお客様が本当に買うかを検証するのだ。
「IT業界におけるアジャイル開発と同じ考え方である。商品を開発する前にお客さまに会い、課題を検証し、学習を積み重ねていく。このとき興味を示さない99人に聞くのではなく、興味を持った1人に聞くことが重要。仮説検証のPDCAサイクルをスパイラルに回し、ステップアップする。仮説検証なしにお客さまに会っても言いなりになるだけだ。このとき、いかに上手に失敗するかが重要だ。まず常に新しいことに挑戦する。ただし挑戦には失敗がつきものであることを覚悟し、失敗しても大きな問題にならないようにする。挑戦の規模を見きわめ、ギャンブルを避けることも必要。失敗を失敗と認められなければ学ぶことはできない」(永井氏)。
もう1つ、考え方を変えてみることである。永井氏は、「いまできること、言われたことをやるのではなく、やるべきこと、やりたいことを考えることだ」と語る。
UCC上島珈琲が1969年に世界初の缶コーヒー「UCCミルクコーヒー」を開発できたのも、創業者である上島忠雄社長(当時)が顧客始点で「やるべきこと」「やりたいこと」を徹底的に考えた結果だ。当時のコーヒー牛乳は瓶入りのため、瓶を返さなければならなかった。上島社長が駅の牛乳スタンドで半分飲んだときに、列車の発車ベルが鳴り、半分残したまま瓶を返してしまった。電車に飛び乗ってからずっと「もったいないことをしてしまった」とずっと考えていた上島社長が、「缶にすればいい。持ち運びもできるし、常温流通もできる」とひらめき、会社に帰って缶コーヒー開発プロジェクトを開始したのがきっかけだ。
しかし苦難の末、開発が成功した缶コーヒーにも関わらず、コーヒー業界は、「缶コーヒーは邪道。コーヒーとは認められない」と取り扱おうとしなかった。そこで全社でドブ板営業を行うが、なかなか販売にはつながらない。しかし1970年に行われた日本万国博覧会に全社で営業攻勢をかけた結果、日本パビリオンの80%、海外パビリオンの100%で採用が決まった。これがきっかけで、爆発的に売れるようになった。現在、缶コーヒー市場は、8000億円規模に拡大している。
「缶コーヒー開発プロジェクトを開始した時点で、UCCは缶コーヒー開発技術も、販売チャネルも持っていなかった。つまり過去のやり方、過去の常識に囚われている限り、缶コーヒーは生まれなかった。お客さまのためにやるべきであるという未来志向の考え方が重要になる。これまでに紹介した、ルンバやトリダス、コミー、UCCミルクコーヒーなどは、すべて未来志向の製品である。これらは“やりたいこと”、“やるべきこと”を追求した結果、生み出された製品なのだ」(永井氏)
永井氏は、「さらに自分のやりたいことと、会社としてやるべきことを一致させることが必要だ。モチベーションの仕組みがそうなっているからだ」と話す。
ダニエル・ピンクの著書『モチベーション3.0』では、モチベーション1.0は「生きるためにがんばる」、モチベーション2.0は「お金のためにがんばる」、モチベーション3.0は「やりたいからやる」と定義されている。モチベーション1.0と2.0ではモチベーションを高めることが必要だが、やりたいことをするモチベーション3.0にはモチベーションは不要になる。さらに重要なのは、知的作業の生産性がモチベーション3.0だと十数倍になること。そして現代の多くの仕事、特に事業戦略は、知的作業でもあるのだ。
永井氏は、「水道哲学からニーズ断捨離への移行は、働き方の変化でもあり、大量生産社会から知識社会への変化でもある。“豊かになるためにがんばる”のは大量生産社会の発想である。一方で “やりたいからやる”のが知識社会の発想。“やりたいからやる”方が知識生産性も高く、自分もやりがいがあり、お客さまも幸せになり、会社の業績もアップする」と締めくくった。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授