イノベーションは、商品や技術に限ったものではなく、新たな価値をいかに生み出していくか。同じ商品による事業でもビジネスモデルを変えることで飛躍的に成長する可能性がある。
アイティメディアが開催している「ITmediaエグゼクティブ勉強会」にマーケティングやビジネスモデルのイノベーションを支援する株式会社インサイトリンクの代表取締役社長であり、ビジネスコーチ株式会社でパートナーコーチも務める河野龍太氏が登場。ビジネスモデル・キャンバスを使ったワークショップを交えながら、「わずか2日間で事業イノベーションをデザインし、実現する方法」と題して講演した。
河野氏は、「イノベーションの必要性をあらためて述べる必要はないだろうが、これまではイノベーションと言えば画期的な技術や商品について焦点があたりがちだった。ユニークな商品を開発することは事業を成功させるために重要な要素だが、競争が激しい現代の市場ではすぐに追いつかれてしまう。そこで、商品レベルを超えた別の側面でのイノベーションが求められる」と話す。
「イノベーションは、商品や技術に限ったものではない。個々の商品での差別化が難しい今日においては、商品レベルではなく戦略レベルでのイノベーションが必要になる。その1つが"ビジネスモデル"である。現在世界の経営者が最も重要と考える経営課題に必ずあがってくるのがビジネスモデルだ。持続可能な成長を実現する上で、ビジネスモデルのイノベーションをいかに創造するかが、これからの大きなテーマといえる」(河野氏)。
現実的には、まだ商品やサービス単体レベルでの市場競争にフォーカスが偏りがちだ。しかし勝ち組と呼ばれる企業は、すでにビジネスモデル・レベルでの差別化に成功しているところが少なくない。それでは、ビジネスモデルによるイノベーションとはどのようなものなのか。――河野氏は、ネスレが販売しているエスプレッソマシンである「ネスプレッソ」を例にビジネスモデルによるイノベーションについて紹介した。
ネスプレッソの登場により、ネスレ本社のあるスイスのコーヒー消費量が増えたといわれている。ネスプレッソは、コーヒーへの接し方、消費の仕方を大きく変革したが、当初から成功していたわけではなく、ビジネスモデルを変えたことでイノベーションを実現した。ネスプレッソは、ネスレグループ全体で最も成長している事業であり、売上は年間3000億円を超え、さらに2000年以降、年率30%の成長を続けている。
ネスプレッソを成功に導いたビジネスモデルとはどのようなものかを学ぶ前に、まずはビジネスモデルとは何であるかを理解することが必要になる。
ビジネスモデルを議論するときには、いくつかの課題がある。例えばビジネスモデルを構築するためには経営全般にわたるさまざまな要素が複雑に関係してくるために、異なるメンバー間で共通認識を作るのが容易ではなく、往々にして議論がかみ合わないという問題が生じる。
河野氏は、「経営全般にまたがる複雑なコンセプトであるビジネスモデルを検討するには、ビジネスモデルを構成する要素やカギとなる概念について同じ認識をもって議論するための共通言語やツールが不可欠」と語る。
こうした問題の解決策として考案されたのが、アレックス・オスターワルダー氏らが中心となって開発した「ビジネスモデル・キャンバス」である。ビジネスモデル・キャンバスは、GE、Procter & Gamble、インテル、カナダ政府など多くの企業や組織で採用されているほか、スタンフォード大学の起業家向けのプログラムにも取り入れられている。
ビジネスモデルを言葉で説明するのは難しいということは、先に紹介したとおり。言葉で説明しにくいビジネスモデルを「見える化」できるのがビジネスモデル・キャンバスの優れた効果である。
ビジネスモデル・キャンバスは、以下9つのブロックで構成されている。(引用:「ビジネスモデル・ジェネレーション」翔泳社)
1)顧客セグメント(CS:Customer Segment)
2)価値提案(VP:Value Proposition)
3)チャネル(CH:Channel)
4)顧客との関係(CR:Customer Relation)
5)収益の流れ(RS:Revenue Stream)
6)リソース(KR:Key Resource)
7)重要な活動(KA:Key Activity)
8)パートナー(KP:Key Partner)
9)コスト構造(CS:Cost Structure)
セミナーではまず、「顧客セグメント(CS)」の定義からスタートした。河野氏は、「われわれの顧客は誰かを知るのは、案外容易ではない。誰が顧客なのか、どこの市場を狙うのか、顧客が求めているニーズは何か、といったことをまず明確にすることが重要」と語る。
ターゲットとする顧客セグメントを決定することとあわせて、「価値提案(VP)」を明確にしなければならない。ここでは、顧客に提供している価値は何であるかを明らかにする。次に「チャネル(CH)」で、販売ルートやマーケティング上のコンタクトポイントなどを記述し、どのように顧客に価値を提供するかを明確にする。
続けて、「顧客との関係(CR)」を定義する。例えばインターネット通販をビジネスとしている企業では、なるべく人を介さず効率的な顧客対応を目指す。人件費がかからない分、顧客に安い価格で商品やサービスを提供できる。一方、銀行窓口のような、フェイス・ツー・フェイスの関係を重視するモデルもある。
顧客がいて、価値提案があり、価値を届け、関係を築くと「収益の流れ(RS)」ができる。ここでは、どういった売上を立てるかを明らかにする。
次に「リソース(KR)」を考える。リソースとは、一般的にヒト、モノ、金のことで、ここには知的財産なども含まれる。すべてのリソースを書き出すのではなく、顧客にユニークな価値を提供する上でカギとなるリソースを書き出す。
これらのリソースを使って、ビジネスモデルを実行する上で必須となる「重要な活動(KA)」を行う。例えば、ナショナルブランドの製品を販売する企業では、CMなどのマーケティングが重要な活動になる。
さらに「パートナー(KP)」は、自分たちのリソースや活動だけでは足りないものを補ってくれる相手は誰なのかということを記述する。このパートナーという発想が加わることで、ビジネスは非常に拡大する。
河野氏は、「自分たちが得意な分野に集中して、得意でない分野に関しては、その分野が得意なパートナーに任せることで、より有効なビジネスモデルを実現することができる」と話す。
最後に必要な「コスト構造(CS)」を記述する。マーケティングや生産活動などにはコストが必要であり、必要なコストを記述する。このように9つのブロックで、ビジネスモデルを定義する。
河野氏は、「キャンバスに絵を描くようにビジネスモデルを自由にデザインできるので、ビジネスモデル・キャンバスという。ビジネスモデル・キャンバスをつかって現状のビジネスモデルを描くことは、基本的ノウハウを学べば難しいものではない。しかし、実際に現状のビジネスモデルを「見える化」してみると、組織内で認識が一致していないという問題が明らかになったりする。現状認識を共有した上で、ビジネスモデルのイノベーションのデザインに取り組んでいく。」と話す。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授