このビジネスモデル・キャンバスに、ネスプレッソのビジネスモデルを当てはめてみると、まず顧客セグメントは「家庭用」であり、価値提案は「高品質のエスプレッソの提供」となる。また、チャネルは「小売店」を通じて販売されるものとインターネットなどを通じて「直接販売」するものに分かれる。
顧客との関係は、ネスプレッソクラブと呼ばれる「コミュニティ」により築かれている。「このコミュニティが、ネスプレッソの非常に大きな成功要因となっている」と河野氏。リソースは「独自の販売チャネル」であり、この直接販売のチャネルを確立したことで、高い利益率を実現している。
また直接販売により、顧客リストを手に入れることができたことも非常に重要なポイント。河野氏は、「一般的にメーカーは販売を小売店に任せるために顧客についてよく理解していないことも少なくない。ネスプレッソは、直売チャネルを通じてダイレクトに顧客と取引をするためにより顧客を深く理解することができる」と話す。
継続的にカートリッジを購入してもらうためには、コーヒーの品質も重要。そこでリソースとして、「生産供給の高さ」や「工場の品質管理」がポイントになる。またパートナーとして、「コーヒー農家」やデパートに設置される「ネスプレッソブティック」がカギになる。
さらに消費者がネスプレッソという商品を認知浸透させるための戦略や施策が重要になる。そこで「重要な活動」のブロックには、「ブランディング」や「マーケティング」が記述される。これがネスプレッソのビジネスモデルの全体像となる。
河野氏は、「ネスプレッソは最初から成功したのではなく、実は撤退寸前にまで追い込まれた事業だった。商品は変わらないが、ビジネスモデルを変えることでブレークスルーしたのである。いい商品を作れば売れるのではなく、ビジネスモデルを適切にデザインしなければ事業は必ずしも成功しない」と話している。
続いて、2日間で事業イノベーションをデザインするワークショップについて説明がなされた。ワークショップでは、現状のビジネスモデルの共有からスタートする。「現状のビジネスモデルをビジネスモデル・キャンバスで描くことで、同じ事業に関わる人たちの中でも認識のズレがあることに気づき驚くことが少なくない。ビジネスモデル・キャンバスは、視覚的に理解できるので議論もしやすい。次々と出てくるユニークなアイデアをアイデアで終わらせることなく、キャンバス上でブロック相互の関係性やロジックを検討し、ビジネスモデル全体を適切にデザインしていくことが重要になる」(河野氏)。
実際にワークショップを実施すると、「自分の考えが明確化でき、関係者と共有することができた」という感想をよくもらうという。河野氏は、「ビジネスモデルについて組織内で共通認識をつくることは、経営者にとって大きなメリットになる。ビジネスモデルという見えないものを視覚化することで、経営者が考えているビジネスモデルと社員の考えているビジネスモデルのズレをなくし、向かうべき方向性について意識を統一することができる。その結果、事業を推進するスピードがアップし、組織の実行力を高める効果がある」と話す。
河野氏は、「短時間でイノベーションのためのアイデアを出し、ビジネスモデル・キャンバスを使って議論し、仮説に落とし込んでいく。この仮説を顧客や市場に素早くぶつけて検証し小さな失敗を何度も経験することで、成功モデルをいち早く見つける可能性が高まる。これが、スティーブ・ブランク氏らも提唱する21世紀型の新しい事業開発のやり方だ。事業環境が激変する中で、社内稟議を通すために長時間を費やして分厚い事業計画書を一部の社内スタッフだけで練り込む時代ではない」と指摘する。
河野氏は、ビジネスリーダーの創造性についても補足してくれた。
「IBMが1500人のCEOに行った"経営者にとって最も重要な資質は何か"というアンケートでは、"創造性"が第1位だったという。創造性は、天性のものというイメージがあるが、ハーバード大学のクリステンセン教授によるとイノベーションを起こす能力の3分の2は学習で取得できると指摘する。企業の経営者には、イノベーションを継続的に引き起こせる創造的なリーダーを育成することが求められている。こうしたニーズを積極的に支援するために、"事業イノベーター・プログラム"というイノベーター育成のための講座をスタートさせたが、参加者からの評価は高い。創造性のあるビジネスリーダーの育成は、多くの企業において今後ますます重要なテーマになるだろう。」(河野氏)
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授