AECがもたらすASEANヘルスケア産業の未来飛躍(4/6 ページ)

» 2015年09月15日 08時00分 公開
Roland Berger

2. 民間病院の存在感の高まりが引き起こす業界の構造変化

 以上見てきた、都市型の医療モデル、その推進役としての国際競争力のある民間病院、それを支える民間支出(特に患者の「自己負担支出」)の3つがASEANのヘルスケアが持つ特質であると筆者は考える。重要なのは、ASEANヘルスケアのこうした特質は、「当面は変わらない」、どころか、むしろ「ますます強まっていく」という点にあるように思う。膨大な人口を抱えるASEANで、国が医療の底上げで手一杯である以上、5年後のASEANヘルスケア市場では、民間病院の存在感は間違いなく高まっているだろう。国境を越えて事業を拡大する民間病院が、AEC統合後の医療水準の向上・平準化を牽引し、さらには、ASEANの医療モデル、規制の方向性を決定づけていく。

 筆者は、ASEANのヘルスケア市場は極めて複雑で、一言で語るのは難しい、という印象を持っている。一方で、この市場をシンプルに捉えるとするなら、とにかく主要民間病院グループに焦点をあてて、市場を理解する、というのが重要な切り口ではないかと思う。そこで、第2章以降では、代表的な民間病院グループであるマレーシアのIHH Healthcare とタイのBGH (Bangkok Dusit Group)、およびインドネシアのSiloam Hospitalを題材に、民間病院が目指す方向性と今後直面する経営課題を理解し、ヘルスケア産業にどのような構造変化をもたらすか、について論じてみたい。大手病院グループが重点的に取り組んでいる分野は、大きく3つあるように見受けられる。(図G参照)

図G:ASEAN主要民間病院チェーンの戦略的方向性

 言わずもがなではあるが、3病院ともに最も注力しているのは「ネットワークの拡大」である。どの病院も、既存病院の病床数の拡大、新たな地域での病院の新設、既存病院の買収などにより、ネットワーク規模を拡大することに極めて意欲的だ。しかし、細かく見ると、各グループの戦略的方向性に多少の違いがあることがわかる。

 例えば、IHHの拡大は、ASEAN域内より、中国、トルコ、インドなど、むしろ域外の成長国に向けられている。IHHは、主要ターゲットである富裕層を域内では(メディカルツーリズムも含め) ある程度獲得できていることから、域外へのネットワークを広げ、より幅広い国の富裕層獲得に取り組もう、という考えがあるのではないだろうか。こうした新興国の富裕層の獲得を最優先に置く一方で、既に高シェアを誇るマレーシアでは、ジョホールやコタキナバルなど、地域的なカバレッジを広げることで、徐々に上位中間層もターゲットに取り込みさらなる拡大を図る、というのがIHHの目指す「ネットワークの拡大」である。

 一方のBGHは、これまでタイ国内におけるネットワークの拡大に重きをおいてきたようだ。過去数年に亘り、BGHは、タイ国内の複数の病院グループを買収し、病院ブランドを使い分けながら、所得層のカバレッジを広げてきた。Bangkok HospitalやSamitivej Hospitalが富裕層をターゲットとする一方で、BNH Hospitalは上位中間層、Phyathai Hospital 、Paolo Hospital、Royal Hospitalなどは民間保険のみならず公的保険の対象患者層まで幅広くターゲットとしている(図H参照)。

図H:BGHグループの病院別ターゲットセグメント

 最近になって力を入れ始めているのが、BGHへのメディカルツーリズム元となっている周辺国への参入だ。既にカンボジアにはネットワークを持っており、今後はミャンマーやラオス、ベトナムにもネットワークを拡大していくことが予測されている。フラッグシップのBangkok Hospitalを中心としつつも、傘下の病院と連携することで、タイ国内に幅広い所得層を受け入れられる体制ができている、というのが強みではないだろうか。IHHが富裕層に軸足を置いて地域を跨いだネットワークを作っていこうとしているのに対し、BGHはASEAN域内で幅広い層がアクセスできるネットワークを目指している、という違いがありそうだ。

 Siloam Hospitalは、前述2病院ともまた少し異なる拡大を志向している。ASEAN最大の市場であるインドネシアで圧倒的なネットワークを構築し、トップの地位を磐石なものにすることが最優先事項だ。Lippoグループの後押しもありインドネシア国内では「軽い資産」で展開できることもこうした戦略を後押ししていると見られる。一方で、AEC統合を睨み、徐々に海外展開を計画しているが、その目線に「インドネシアへのメディカルツーリズム」はない。

 どちらかといえば、ベトナムやミャンマー、フィリピンなど、医療インフラがインドネシアと同等もしくは劣るものの大きなポテンシャルのある国に今のうちに参入し、「現地に根づく」という戦略をとろうとしているのではないだろうか。こうしてみると、同じ動きをしているように見える大手民間病院でも、少しずつ見ている未来像が違う、という点が理解できるのではないだろうか。

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