AECがもたらすASEANヘルスケア産業の未来飛躍(5/6 ページ)

» 2015年09月15日 08時00分 公開
Roland Berger

 民間病院の第2の方向性は、「スペシャルティの強化」である。現在、IHHのフラッグシップであるMount Elizabeth病院には29の専門外来があり、タイが誇る最高級民間病院Bumrungrad病院には37の専門外来がある。専門外来を増やすことは、当該疾患におけるブランドイメージを高め、リファーラルの獲得や患者へのアプローチなど、病院の差別化にきわめて重要である。日本の慶応大学病院には43の専門外来があることを考えると、ASEANの大手民間病院グループは専門外来の強化にますます力を入れるだろう。しかし、この点では医療の担い手となる「ヒト」の不足が大きく立ちはだかる。

 「一般的」には、IHHやBGH、Siloamのようなトップクラスの病院は、担い手不足に悩むことはない。図Aでみたとおり、ASEANの多くの国は、医療インフラの担い手となる「ヒト」が著しく不足している。したがって、大手民間病院も医療の担い手不足に悩んでいる、と考えがちだが、トップクラスの民間病院は、各国の医師にとって「最も働きたい病院」であり、採用したいと思えば応募はいくらでもあるのだ。しかし、民間病院でも頭を悩ますのが「専門医」の不足である。

 インドネシアの眼科を例に取ってみよう。インドネシアには74大学に医学部があり、そのうち12大学で眼科が履修でき、毎年70人程度の新しい眼科医が生まれる。大手民間病院にとって、昔から患者数の多い白内障や緑内障の専門医を雇うのはそれほど大変なことではない。ただし、加齢黄斑変性など、近年患者数が増大している「網膜」の専門医採用はきわめて困難だ。というのも、網膜の専門医自体がインドネシア国内に40人もいないからである。

 この例からもわかるように、ASEANの民間病院といえども、スペシャルティ(専門診療科目) の強化は、特に「ヒト」の面では供給側の限界もあり、ネットワークの拡大以上に時間がかかる。したがって、最もM&Aがさかんになるのがこの分野だろう。画像診断や検体検査などの専業プレイヤーを買収し、「ヒト」と「モノ」を一気に手に入れる。IHHによるRedLinkの買収は独占禁止法の観点から断念せざるを得なかったが、「スペシャルティ強化」がM&A戦略の大きな柱の1 つであることに変わりはない。

 3つ目として挙げられるのが、病院周辺事業の取り込みである。ここにも2つの狙いがある。1つは、米国等で進められているIHN(Integrated Healthcare Network:統合医療ネットワーク)のようなコンセプトだ。例えば、本来利益相反の関係にある病院と保険会社が協力関係を築くことで、ユニークな医療保険商品を開発し、トータルでの医療費削減や医療の効率化、または患者の掘り起こしを目指す、といった取り組みである。

 BGHがタイで5番手の民間保険会社であるMTL(Muang Thai Life)と共同で開発した保健商品は、まさに患者の門戸拡大を目的としたものである。BGHは、グループ病院で医療を受ける場合に限り治療費が安くなる保険商品(Perfect Health) や、がんに特化した保険商品(Cancer B Plus)などをMTLと共同で開発した。一方で、IHHは、教育機関に投資することで、医療従事者の育成に取り組んでいる。自身で育てた医師たちがグループ内病院やグループ外病院で活躍することで、人的ネットワークを強化しよう、というのはIHNでも中心的な取り組みである。

 もう1つは、垂直統合的な発想、すなわち、周辺事業での収益機会の取り込みだ。例えば、BGHが病院給食や患者輸送サービスを行う会社をグループに取り込んだのは、まさに病院事業周辺に収益機会を拡大するためだ。IHHの日本の介護福祉施設への投資も、日本の高齢患者へのアクセス獲得と介護事業での収益機会の発掘を狙ったものではないだろうか。

 以上、民間病院グループの戦略的方向性について、大きく3つの方向性を採りあげた。国際競争力のある民間病院が、ネットワークの拡大とスペシャルティの強化で地域の医療の質を上げつつ、周辺事業まで裾野を広げていくことは、間違いなくASEAN全体の医療の質、アクセス、効率性を高めていくだろう。

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