そこで、葛原氏は当時の開発者に定着していた層を重ねて機能を実現するという足し算の発想を180度転換し、「マイナス」の思考、つまりケミカルを混ぜて1つの層に機能を作りこむという発想に転換した。その結果、市場ニーズに応える製品の実現につながったのだが、「開発者が従来のやり方にこだわることなく柔軟に発想を転換する」という力を持っていることも、コニカミノルタがジャンルトップを生み出すための大きな強みになっていると筆者は感じた。
このようなプロダクトアウトの発想で尖った商品を開発すること自体は、企業の成長に必要な非常に重要な要素である。しかし、その成功体験から抜け出せずに成長力を失った日本のメーカーが多数存在するのも事実である。その典型例が、日本の家電メーカーではないだろうか。常に技術的な観点での機能アップを追い求め、市場が求めるものを市場が望む価格で提供できなかった結果、現在の残念な結果となっているように思われる。
例えば、大画面高画質が売りの4Kテレビもその一例のように筆者には見える。個人的な話で恐縮だが、筆者はテレビでよくスポーツ観戦をするが、別に野球ボールの縫い目まで見たいとは思わない。恐らく、今後の技術的な進歩で価格が下がることにより4Kテレビも普及することになるのだろうが、一般家庭がテレビの画質に対して持つニーズの優先度は、既にそれほど高くないのではないのだろうか。
これに対し、コニカミノルタのジャンルトップ戦略では、技術の観点だけではなく、徹底的な顧客志向、つまり顧客のニーズに応えるための取り組みを強化すると同時に、自前で開発できないものは外(外部人材、他社)と組んで開発していく、オープンイノベーションの手法を取り入れて製品開発・改善に取り組んでいるところが大きな違いだ。
徹底的な顧客志向の好例としては、先述のVA-TACの取り組みが挙げられる。液晶を取り巻く経営環境が厳しくなる中、「なぜこのような開発や機能改善を行う必要があるのか、顧客の声を技術者が理解・納得していくことが重要」と常務執行役機能材料事業本部長の葛原氏は語っている。そのために行っていることが、営業がつかんだお客様の声の共有と「生・販・開」協働の週次会議である。
営業は、お客様のところに伺うと、重要なお客様の声をその方が話した言葉のまま、訪問日中にメールを活用して関係者に共有するようにしている。更に、その中でも重要なポイントに関しては、週次会議で解説を加えて製品開発・改善に生かしている。この週次会議は自由参加型で行っているが、その重要性を皆が理解し、出席することが自らの業務に生きることを認識しているため、ほぼ全員が参加するとの事である。このような活動の成果は、製品自体の継続的な改善に留まらず、お客様の製造工程にまで踏み込んだ提案につながっている。
例えば、製造工程で薄いフィルムのハンドリングに苦労しているお客様に対して、その解決策まで含めて提案することで、他社とのコスト競争に陥らずにビジネスを勝ち取った事例も生まれているとの事である。葛原氏は、「お客様の生産現場は滅多に見せて頂けないため、具体的な提案をするのは本当に難しい。断片情報から想像力を働かせて全体像を描き、ある意味"決めつけ"でも構わないので仮説を立てて、これをお客様にぶつけながら解決策を創り出して行っている」と語っている。このような徹底した顧客志向の実践が、市場の求めるジャンルトップ製品の開発に結実し、これを活用したソリューション提案にまでつながっている。
プロダクションプリンターも同様に、徹底的な顧客志向で開発を進めてきた。日本市場では、商業印刷業界をターゲットに定め、印刷物の品質に対する要求が非常に高いお客様からの厳しい指摘を繰り返し受け、それを基に製品をブラッシュアップし続けてきた。その結果が連載第2回で紹介したMPM(Marketing Production Management)サービスにつながって来ているのだ。
このような製品開発における顧客志向の徹底に関し、取締役会議長の松崎氏は「実際の現場を見てお客様のニーズを把握し、そのニーズに応えるのは当たり前」とさらりと語る。しかしながら、この「当たり前」を実践できず、プロダクトアウト志向から抜け出し切れない企業が数多く存在するのも現実である。なぜ、コニカミノルタにおけるジャンルトップ戦略では、開発とマーケティングを融合した取り組みが実践されているのだろうか。このような企業としての姿勢・文化は、実は初代社長に就任した岩居氏の頃から創り上げられてきていると筆者は考えている。
岩居氏は、旧コニカの社長時代に技術陣がいわゆる「技術バカ」になってはいけないという方針を打ち出し、以下のような施策を実施している。
これらの施策は、技術者とマーケットの距離が遠くならないようにすることを目的としており、岩居氏はこれらを仕組み化して企業の文化として定着させようとしていた。このような経営者の指導のもと、松崎氏も開発とマーケティングの融合の必要性を実務の中で学び取ってきたとのことである。
例えば、松崎氏が1990年代後半にMFPのデジタル化対応のリーダーを任された際には、日米欧の各国の販社に行き、販売、マーケティング、市場サポートの責任者とミーティングを行った。そして、ソフトウエアがマーケット側からどう見えているかを徹底的にヒアリングした上で、マーケット観点で当時のMFPが抱えていた問題を押さえ、これを解決するソフトウエアを開発していった。
松崎氏は、「商品の欠点、お客様の不満は、市場に出してみて初めて本当に理解できる」と考え、ニーズの把握、ニーズへの対応、対応結果のモニタリングというサイクルを創る事が、マーケットに対応した製品を作り続ける上で不可欠だと語っている。このような思想の元、経営陣と開発者が製品開発とマーケティングの融合の重要性を理解して、商品開発に取り組んでいることは非常に大きな強みである。これが、ジャンルトップを生み出す大きな推進力となっていると筆者は考える。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授