人生の最期だけでなく、さまざまな困難と向き合う場合、マイナスの気持ちをプラスの気持ちにするための関わり方、あるいはそのサービスの内容は、これからの人生に大きなインパクトを与えることになる。
ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に、めぐみ在宅クリニックの看取り医・ホスピス医で、エンドオブライフ・ケア協会の代表理事である小澤竹俊氏が登場。「3800人を看取った医師が教える、死ぬときに初めて気付く人生で大切なこと」をテーマに、不確実で不安の多い、いまの時代において、約30年間ホスピスで培った経験を生かした「ホスピスマインド」が果たす役割について紹介した。
「強かった人ほど弱さに苦しみます。成功してきた人、多くのものを所有していた人、たくさんのことを成し遂げてきた人は、できなくなっていく自分を認めることができません。断言します。物を持ち、財産や名誉、富など、いろいろなものを持ち、強かった人ほど、やがて迎える自分の弱さに屈します。私はこの苦しみと約30年向き合ってきました。人は、死ぬときに初めて人生で大切なことに気付きます」と小澤氏は語ります。
1963年東京生まれの小澤氏は、1987年に東京慈恵会医科大学を卒業。「自分の幸せは、自分がいることで誰かが喜んでくれることだと考え、高校2年のときに医師を目指しました」と当時を振り返る。1994年より横浜甦生病院ホスピス病棟に勤務。死を前にした人と毎日向き合いながら、その経験を生かし、めぐみ在宅クリニックを2006年に開院。さらに2015年には、エンドオブライフ・ケア協会を設立している。
「不確実で不安の多い時代、ホスピスにおける、人との関わり方、マインドから、これからの企業や企業人としてのあるべき姿、企業の品格をつかさどるリーダーとしての役割を学ぶことができます。後悔しない生き方を考えると、皆さんが企業をとおして社会に貢献する思いと、私が看取りの現場で患者さんや家族に向き合う思いには共通するところがあります」(小澤氏)
死を目前にした絶望感、無力感、ふがいなさとどう向き合うか。不安や心配、もやもやする、迷惑ばかりかけるといったマイナスの気持ちを、安心や安ど、生きていてよかった、幸せだといったプラスの気持ちに変えるためには、ユニバーサル・ホスピスマインドが必要。マイナスの気持ちをプラスに変えるポイントは、以下の3つである。
(1)分かってくれる人がいるとうれしい
(2)解決できる苦しみは解決する
(3)解決できない苦しみの中でも、穏やかになれる理由(支え)を見いだす
「分かってくれる人」とは、どのような人なのか。小澤氏は、「私は医者なので、患者さんや家族を理解しようとします。しかし、どんなにがんばっても、相手の苦しみの全ては理解できません。しかし、相手を理解しようとする気持ちは大切です。苦しんでいる人は、自分の苦しみを分かってくれる人がいるとうれしいものです。はげましや慰めだけなく、聞いてくれることが実はものすごく大事なのです。この視点は大事です」(小澤氏)
医療の場合、診察で痛みがあるか、夜眠れているか、ご飯は食べられるかなどを聞く。しかし必要なのは、自分が相手を理解するのではなく、相手が自分を理解者だと思うことである。そのためには、相手が伝えたい思いをメッセージとしてキャッチし、相手が伝えたいメッセージを言葉にし、言葉にしたメッセージを相手に返すことを反復する。これにより、相手は「そうなんです」と首を縦に振ってくれる。
老衰や認知症では、会話が困難なことがあるが、それでも笑顔になれる可能性はある。人生の最後は、話ができなくなることが多いが、相手の理解者となることはできる。相手が首を縦に振れる言葉を探すことだ。例えば『お父さんが言っていた、自分は財を成すことを考えてきたが、お前は社会貢献をしろという遺言は守るよ』と伝えれば、会話が困難でもうなずくことができる。
落ち込んでいたり、苦しかったりする中でも前を向ける1つ目のポイントは「分かってくれる人」である。そのために反復という技法が非常に大事になる。どっちを向いても真っ暗で、絶望の中にいても、分かってくれる人が 1 人でもいるだけで世の中は違って見えてくる。小澤氏は、「たとえ絶望に思える別れの中でも、心と心の絆をつなぐことができる。こんな魅力的な仕事はほかになく、この仕事に誇りを持っています」と話している。
どうしたら苦しみに気付くことができるのか。「苦しみは、希望と現実のギャップがもたらします」と小澤氏は話す。苦しみには、(1)解決できる苦しみと(2)解決が難しい苦しみの2つがある。解決できる苦しみは、Society 5.0やブロックチェーンをはじめ、さまざまな技術の登場により、世の中が本当に便利になることで解決できる苦しみである。
しかし、どんなに便利になったとしても、全ての人が幸せになれるのかといえば難しい問題である。モニタリングとか、センサーなどの技術を活用すれば、全ての苦しみに気が付くわけでもない。自分たちが知りたい情報、例えばお金に困っていないかとか、交通のアクセスがいいか悪いかとか、自分たちの尺度ではなく、本人による主観での解決が難しい苦しみである。
例えば、「宿題が辛くない子どもとはどのような子どもか」と聞くと、多くの人は「勉強が好きな子ども」と答える。確かに正解だが、それには「勉強が好きな子は宿題が辛くない」というバイアスがかかっている。医療に置き換えるなら、病気の人は苦しい、健康の人は苦しくないという固定観念である。勉強が大嫌いだけど宿題は辛くない理由は簡単で、もともとやる気がなく、宿題をしないで平気で学校に行けるからである。
「病気も同じです。間もなくお迎えが来ることが分かっている人でも、家族や介護の皆さんなど、多くの人との出会いから幸せを感じられる人もいいます。希望と現実の開きが一致していたら、それは決して苦しいとは限らないのです」と小澤氏は語る。
小澤氏は、「私は横浜の高校の天文部にいました。横浜の空は明るく星が見えないので、長野県の山の上で満天の星空を観測していました。人生も同じで、苦しみに合う前は遠くまで見えますが、苦しいときは絶望で元気だったときには思いもしなかったことが起きます。しかし星空と同じで、人は苦しいときに大事なものに気付きます」と話す。
病気になって気付くのは、何気ない人のやさしさがうれしいこと。入院して分かるのは、家で当たり前に布団に寝ることの素晴らしさである。離れて気付くのは、家族がそばにいるだけで心が穏やかになること。これまで育ててきた庭の草や花など、自然の偉大さにもいとおしさを感じる。人は絶望に思える死を目の前にしても、大事なものに気が付くと穏やかになることができる。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授