変曲点を迎える半導体市場【第三章】各国の半導体産業振興政策に見る“ねらい”(1/2 ページ)

これまで2回にわたり、半導体業界の構造変化を概観し、主要各国が有する強みを整理してきた。本稿では各国・地域における政策・投資動向から半導体業界に係る考え方及びねらいと、それらが与える影響を考察する。

» 2023年08月29日 07時06分 公開
[Shi Juan, 兼子佑樹ITmedia]
Roland Berger

半導体業界における各国の政策動向

 これまで2回にわたり、半導体業界の構造変化を概観のうえ、主要各国が有する強みを過去経緯踏まえ整理してきた。その中でも既に一部言及しているが、同業界が持つ影響力は非常に大きくなっているがゆえに、各国政府は経済的な観点だけでなく、安全保障の観点からも自国内の半導体産業及びサプライチェーン(SC)の強靭化に注力し始めている。

 そこで本稿では各国・地域における政策・投資動向から半導体業界に係る各国の考え方及び“ねらい”を見定め、それらが与える影響を考察する。

米国:自国内SCの強靭化に注力。製造工程の強化を図る

 米国は従前半導体市場で優位なポジショニングを有していたが、2010年代以降の中国台頭や自国内の生産能力の低さに焦りを感じ始めた。それに加え、コロナ禍による半導体産業の落ち込みが影響し、自国内サプライチェーンの構築・強靭化を図る動きを見せる。

 1970年代以降の集積回路発明による半導体小型化を背景に民生品での利用が拡大し、米国における半導体市場は一気に拡大を遂げ、業界をリードするポジショニングを確立した。

 その後、半導体開発・製造コストの抑制を狙い、自国外への製造拠点移転やアジア企業への製造委託を行う動きが増加し、水平分業モデルへのシフトが進むとともに米国では特にファブレス業態が発展してきた。同時に米国内における半導体製造能力の減少も進むこととなった。

 また、2010年代に入り、中国が自国の半導体産業を支援する動きを見せたことに警戒感を抱き、2016年頃には米中貿易摩擦が顕在化、関税の引き上げ合戦にまでヒートアップする様相を見せた。加えて、COVID-19の世界的な流行の影響は半導体供給網に大きな影響を与え、他国に依存する半導体SCの脆弱性と、それに対する危機感を強く認識することとなった。

 当該問題意識から、半導体SCの強靭化、特に製造能力の強化を企図するCHIPS法・CHIPSプラス法(2021、2022年)を成立させた。CHIPSプラス法では今後5年間で半導体分野に対する計527億ドルの支援を計画しており、半導体製造施設への助成に390億ドルを投じて他国ファウンドリ誘致による自国内SC強化を図るとしている。また、商務省管轄の研究機関にも110億ドルを投じ、先端半導体の開発による競争力も強化する狙いがある。税額控除措置の対象には外資企業も含んでおり、海外企業誘致にも積極的であることが伺える。

 一方、支援条件として、補助金支給から10年間は、中国を含む懸念国における先端半導体の製造施設の拡張などを行わないことを求めており、中国の締め出しも同時に企図している。

中国:“締め出し”を背景にレガシー・Next Generation領域強化の構え

 中国は1960年代以降、重工業強化に重点を置いたため半導体産業の育成は遅れていたが、半導体の輸入依存による貿易赤字が嵩んだことから、1990年代に入り、国営企業への2億ドル(当時のレートで換算。以下同様)の投資をはじめ、政府による本格的な支援を開始した。

 また、半導体産業の水平分業化を踏まえ中国はファウンドリ企業への投資を拡大し、市場シェアの獲得が進んだ。2010年代からは政府主導のファンド組成を通じてファウンドリ・ファブレスへの支援拡充が見られた。

 しかし、依然として半導体の自給体制確立には苦戦しており、2015年に掲げた「IC自給率を2020年に40%、2030年に70%」とする目標は、2020年時点で約15%(うち中国企業による製造は約6%)と大幅に未達の水準にある。輸入依存が大きい中、2020年時点で貿易赤字は約2300億ドルにまで膨らみ、米中貿易摩擦やCOVID-19によるSC混乱などの影響もある中で中国もまたSCの自国内完結、ひいては自給率引上げを喫緊の取組み課題としている。

 そこで2021年に発表した第14次5カ年計画では、半導体産業を「重要な7つの先端研究分野の1つ」に掲げ、政府による経済的支援を強化する方針を示すとともに保有技術の高さに応じた税制優遇を打ち出しており、最高で10年間の法人税免除や関税免除などを謳っている。

 一方、米国CHIPS法の影響で先端半導体の開発・製造に必要な装置などを確保できないという制約がある中でも半導体産業強化に向けた2つの動きを見せる。1つは、レガシー領域への注力である。規制対象に含まれないレガシー半導体製造に必要な装置類を中古製品含めて確保する動きから、その狙いは窺い知れるだろう。

 もう1つは、次世代半導体材料開発の推進である。第14次5カ年計画において、集積回路の重要な取組みの方向性を4つ掲げており、その中にはIC設計ツールの研究開発や先進技術開発を含むが、それと並ぶ形で炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの次世代半導体材料の開発推進も注力するとしている。このような制約がある中でも、その影響を受けない領域での発展を目指す構えである。

韓国:製品ポートフォリオの多様化をはじめ自国内産業強化を企図

 韓国は政府による半導体業界への支援に従来より積極的であり、1969年に開始した8カ年計画では約5億ドル、1981年からの5カ年計画では約3.5億ドルの公的融資を投入した。その際、国内市場が未成熟であったことから政府としては輸出をメインに据え、企業も海外展開を重視していた点が特徴の1つである。

 1980年代後半から実施している国家的プロジェクトの半導体共同研究において、DRAMを中心にメモリ半導体の製品技術と工程技術の開発に重点を置いたことが、現在のメモリ半導体における競争力の高さを生み出した。

 一方、韓国はメモリ以外の半導体でのプレゼンスの低さに加え、半導体製造装置や主要材料の輸入依存を課題として抱えてきた。2019年に日韓関係が悪化した際に日本が半導体材料3種類の輸出に関して包括許可から個別許可に切り替えたことが、韓国政府が半導体SCの国産化の必要性を強く意識するきっかけとなった。

 また、COVID-19の影響もあり、2022年に「半導体超強大国達成戦略」を打ち出し、半導体産業の拡大や材料・製造装置の国産比率の引き上げを掲げた。半導体産業団地の拡大に向けては2026年迄に約2650億ドルを投資するほか、設備投資に対する税額控除も支援策の1つに掲げる。

 加えて、非メモリ半導体の強化を企図し、AI向け半導体に約10億ドル、車載半導体に約9億ドル、パワー半導体に約3.5億ドルを投じて開発を支援する。更に、2031年迄に半導体の専門人材15万人以上を養成する計画も掲げており、さらなる半導体産業の強化の狙いが見て取れる。

台湾:SC上流進出と次世代技術の獲得による優位性確立を狙う

 台湾の半導体産業は、1960年代に人件費が安価であることに着目した外資系企業による工場設立が相次いだことをきっかけに誕生した。1970年代に入り、オイルショックの影響で米国系企業が撤退したのを背景に台湾当局が半導体産業の育成に取り組み始め、国営研究開発機関であるITRIの設立や半導体産業の集積拠点として新竹サイエンスパークの設置など、次々と振興策が展開された。

 1980年代後半からは徐々にTSMCやUMCといった民間企業が牽引役を担い始め、当局は補助金などの資金支援にフォーカスする姿勢にシフトした。その顕著な例としては、ディープサブミクロンプロセス技術開発 5カ年計画(1995〜2000年)において、当初当局が公営研究機関に約8億ドルを投じる計画をしていたが、研究で先行する民間企業からの反対意見を受け、約0.7億ドルに縮小したことが挙げられる。このように、台湾の半導体産業は民間企業の目覚ましい成長に下支えされてきた。

 現在、製造にフォーカスしたファウンドリ及びOSATが非常に大きなプレゼンスを有する一方で、製造装置や材料領域では他国に大きく依存する点が今後の台湾半導体業界の発展におけるボトルネックとなり得る。

 かような課題意識を背景に、台湾当局は2021年〜2025年の中期計画である「オングストローム(Å)世代半導体計画」を2020年に打ち出した。本計画では製造装置と材料領域及び次世代半導体の強化を目指している。

 製造設備や材料の国産化支援やオングストローム(1nm)レベルの微細化に関する研究開発支援などのプログラムに対し、合計約2億ドルを5年間で投じる予定である。また、半導体を含む重点産業を対象に0.5億ドルを投じて産学で連携し、高度人材を育成するためのプラットフォームを設立するとしており人材育成にも余念がない。

 このように台湾は、足許の強みである製造領域だけではなく、SC上流も強化しつつ次世代技術の開発にも力を入れることで半導体産業におけるポジショニングを盤石化する動きが明確に伺える。

日本:国内SC強化のための海外企業誘致と最先端開発に注力

 日本は官民合同で約9億ドルを投じた「超LSIプロジェクト」を1976〜1980年に展開し、DRAMや半導体製造装置における技術水準を急伸させた。当時最大の半導体生産国だったアメリカよりも安いコストで商品を製造できたことから1980年代には最盛期を迎え、世界売上シェアが一時50%を占め半導体市場を席捲した。

 しかし、米国などから「官民の癒着」との批判を受け、15年にわたって官民連携のプロジェクトが見送られた。また、日米貿易摩擦が顕在化したことで1986年の日米半導体協定の影響や1990年代に業界で見られた水平分業化への対応に遅れを取ったことなどに起因し、徐々に日本の半導体産業は凋落した。

 2000年以降、数々の官民合同プロジェクトが展開されたものの目覚ましい成果を挙げることは叶わず、現在は製造装置や材料領域で競争力を維持するものの、半導体売上シェアは2021年時点で10%を下回るまでに低迷している。

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