変曲点を迎える半導体市場【第一章】ローカライゼーションとサプライチェーン再構築の動き(1/2 ページ)

昨今需給の逼迫などで注目が集まる半導体業界は、COVID-19の世界的流行によるサプライチェーンの大混乱や各産業界における需要の高まりに加え、主要各国の思惑うごめく政策などの大きな影響を与える要因が複雑に絡み合う中で、1つの変曲点を迎えている。

» 2023年08月01日 07時00分 公開
[Shi Juan, 兼子佑樹ITmedia]
Roland Berger

半導体業界の再構築

 これまでも好不況のサイクルを繰り返しながら順調な拡大を遂げてきた半導体業界は、昨今の技術競争の激化に加え、COVID-19の世界的な流行やロシアによるウクライナ侵攻といった世界情勢の影響を受け、構造変化を起こしている。本稿では、世界の半導体市場の動きを踏まえ、業界展望を考察する。

市場の成長とサプライチェーンの逼迫

 半導体市場は2018年に過去最高額を記録し、一度落ち込みを見せたものの2021年には同水準を超える規模の約4630億ドルにまで回復した。また、足許2年間は成長鈍化が見られるものの、2024年頃の回復が予測されている。尚、主要企業各社の減産や遅延の動きなどを踏まえると、従来見通しよりも遅い2025年頃に復調に転じる可能性もあるとローランド・ベルガーは見ている。

半導体市場規模推移

 2019、2020年に見せた落ち込みからの急回復に大きく寄与したのはCOVID-19によるコンシューマー市場の特需だ。足許2年間はこの特需が一巡し落ち着いたこともあって成長鈍化の傾向にある一方、to-B市場はCOVID-19による影響が比較的少なく堅調に推移してきており、市場全体としては、コンシューマー市場や5G・急速充電機等の需要増を背景に順調に拡大していくことが予測されている。

 また、供給側に目を転ずると、各企業ともに拡大する需要にこたえるべく製造キャパシティの強化を急いでおり、2024年頃の市場回復に向けた環境整備が進んでいると言えるのではなかろうか。

半導体市場規模予測における楽観シナリオと悲観シナリオ

 ここで、市場動向の中でも特に半導体不足という事象を見るにあたり、ノードサイズの違いにフォーカスすることも重要であることを改めて補足しておきたい。

 業界別売上に目を向けると、自動車市場の62%、産業機器市場の57%をアナログ半導体とMCU(マイクロの一種)が占めることが分かる。米国商務省によると、今回特に需給が逼迫したのは、まさにこれらのレガシーノードのロジック、アナログ半導体等が中心であったと報告されている。

半導体種別のエンド市場における売上構成比率

 簡単に経緯を振り返ると、米中対立に起因する中国経済の停滞によって、2019年に中国の自動車販売台数が減少に転じたことを受け、半導体業界では生産や投資を絞る動きが見られた。そこにCOVID-19が既に減少傾向にあったレガシー半導体需要を一層減少させることとなった結果、半導体メーカー各社が生産キャパシティを対照的に需要が伸びるコンシューマー市場に振り向ける動きを引き起こした。

 背景には、最先端ノードの開発が進む中で、半導体メーカーはレガシーノードへの投資を拡大する判断をなかなかできなかったという意思決定の難しさに加え、製造装置の流通という観点からも、レガシー半導体製造用の150-200 mmに対応した製造装置を中国メーカーが確保する動きを強めたために調達が難しくなり、結果的にレガシーノードの製造キャパシティの急激な拡張は非常に困難を極めたという事情もあった。

 また、米国のCHIPS法は米国半導体市場の後押しのために総額527億ドルの支援金を投入するとしているが、レガシー半導体に対しては20億ドルあまりの支援に留まるようである。また、European Chips Act(欧州半導体法)も予算や指針が不明確で自動車・産業用機器業界を悩ますレガシーノードの不足解消にはあまり効果が期待できない。このように公的支援策にあまり期待できない状況での需給逼迫の解消は一筋縄ではいかないと推察される。

 かような状況下、メモリ市場では生産キャパシティの成長が需要の成長を上回る推移を見せる一方、アナログ・ロジックでは需要拡大に生産能力が追い付いていない実情が見て取れる。今後の市場展望の見極めには、需給バランスの様相をはじめとするそれぞれの半導体種別・ノード別の特徴を踏まえた分析が重要となるだろう。

半導体種別の需給バランス

半導体サプライチェーンに影響を与える国際情勢

 さて、サプライチェーンに影響を与えた国際情勢に視点を移すが、昨今の動きの中で最も影響を与えた要素の1つがCOVID-19であることに異論はないと思われる。半導体需要を増加させた一方、2019年頃から各地のロックダウンによるロジスティクスの乱れや工場の稼働停止による納期遅延の多発など、供給側には大きな混乱をもたらした。特に、中国に工場を置く半導体企業はこれらへの対応を余儀なくされた。

 また、ロシアによるウクライナ侵攻もサプライチェーンに影響を及ぼした。ウクライナは、半導体製造工程においてウェハに回路を焼き付ける「露光」に用いるネオンガスの70%を生産している。このネオンガスはロシアでの鉄鋼製造の副産物として出たガスをウクライナで精製して製造するため、両国の協力体制がない限りは生産が困難であった。

 このような混乱を受け、これまで世界各地が繋がることで構築されていたサプライチェーンが抱えるリスクが一気に顕在化することとなった。その結果、各国が原料・部品の調達から製造、物流、販売に至る一連のサプライチェーンをできる限り自国内で完結させようとするローカライゼーションの動きが出てきている。

サプライチェーン再構築を加速させる米中政策

 改めて言及するまでもないが、半導体は「産業のコメ」と言われるほど幅広い分野のあらゆるものに使用され、産業の基盤を担っており、それが故に、半導体分野でリーダーシップを獲得することは自国の産業発展において非常に重要であり、主要各国は当該産業の保護に躍起になっている。

 中でも最も力を入れているのが、米国と中国だ。米国は年々半導体製造市場におけるシェア低下への懸念に加え、COVID-19による調達の乱れへの対応の要請や対中国を念頭に置いた国防の重要性の高まりを背景に自国内でのサプライチェーン再構築を急いでいる。同国は、Huaweiへの半導体輸出制限を皮切りに、政府主導で半導体業界におけるリーダーシップ奪還を目指す動きを活発化している。2022年8月にはCHIPS法を成立させたが、同法は5年間で半導体関連産業に約527億ドルの支援を提供することと引き換えに、支援対象企業には中国における半導体製造設備投資等を10年間禁止するといった対中国を非常に意識するものとなっている。

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