このような長期低迷やCOVID-19によるSC混乱による供給不安、各国のローカライゼーションの動きを受け、日本政府も半導体産業の競争力強化を企図した大型投資支援策を2021年から開始した。国内製造基盤の確保・強化を通じた供給安定化を進めつつ先端半導体の段階的な製造技術強化により、「半導体大国 日本」の復権を図るとしている。
実際、2021年にはTSMCの熊本工場などの設備投資支援や、ノード幅2nmの最先端半導体の量産を目指すラピダスへの出資など、約70億ドルの支援を実施した。また、国内のロジック・メモリ設備投資や最先端半導体の製造・開発支援、パワー半導体などの国内生産強化にも投資するとしており、従来よりも一層踏み込んだ支援姿勢と言える。
変曲点を迎える半導体市場において日本はやや劣勢にあると見ることができるが、半導体産業の復活に向けては日本政府が発表している各種取組みが結実することに期待したい。それと同時に総花的になることで、思うような成果創出に繋がらないリスクに関しては警鐘を鳴らしておきたい。
混迷を極める業界構造・環境において検討すべき事項が多岐にわたることは理解するが、やはり明確な指針の打ち出しと優先順位付けによる“選択と集中”が重要であろう。なお、注力領域の見極めに際しては、「足許日本が有する優位性」と「各領域の将来性・有望性」の2つが肝となる。かような思いから、日本の半導体産業復活に向けた3つの方向性を最後に述べる。
日本が今後の半導体市場において優位なポジショニングを確保・維持し続けるために、まずは半導体製造の根幹、かつ足許で日本が強みを有する材料・製造装置領域の盤石化がカギを握る。
第二章で言及したとおり、材料・装置領域においては日本プレイヤーの丁寧な「擦合せ」が優位性の源泉であり、その結果として材料・装置領域は夫々、約50%と約30%と非常に高いシェアを有している(’21年度実績)。特に、材料領域ではウェハやパッケージ基盤など重要材料の供給を担っており、日本は世界の半導体製造において不可欠な存在と言える。従い、今後ともゲームチェンジを起こしうる新素材や技術の開発に注力し、リードするポジションを確立し続けることが求められるだろう。
一方、製造装置領域は一定のシェアは確保しているものの、“露光”を筆頭に市場規模の大きな市場はアメリカ・オランダのプレイヤーの後塵を拝している。前章でも言及した通り、日系プレイヤーが「他国プレイヤーとの連携」に消極的だった間にASMLなど海外プレイヤーに大きくシェアを奪われることとなった。また、昨今、自国優先主義が顕著に見られる中国・韓国の有力半導体メーカーが自国の材料・装置プレイヤーを囲い込む形で密に連携する昨今の動きに対しては、一層の危機感を持つ必要がある。
SCの自国内完結、ローカライゼーションが進む状況下において有力プレイヤーの国外流出あるいはシェア減衰リスクも想定されるため、日系企業各社は有力プレイヤーとの共同開発などを積極的に行うことでデファクトスタンダードとしてのポジショニングを獲得・維持し続け、材料同様に優位性を盤石化することが重要であろう。一部報道によると、先端技術に係る共同研究が日本で行われるとされているが、官民双方で海外有力プレイヤーも巻き込む形でより推し進めることが期待される。
他方、レガシー領域は第一章でも言及のとおり依然として大きな需要があるものの、需要に対する供給力が不足している。加えて、各国政府が焦点をあてる関心事でないがゆえに投資インセンティブは低い。また、各国政策でもレガシー領域については特段言及されておらず、ほぼ全ての国が有効な取組みの方向性を打ち出せていない。
このような状況において、特にパワー半導体に関しては足許で日本・欧州・米国がシェアを分け合う状態にあり、日本は依然多くの有力プレイヤーを有するため、本領域の更なる強化を企図して彼らを一層後押しすることの価値は大いにあるだろう。
日本はパワー半導体市場で25%近いシェアを占めるものの、個社単位で見てみると、日系企業各社が有するシェアはいずれも10%に満たず、シェアを奪い合う様相を呈する。今後日本が優位性構築を志向するためには限られたパイを食い合う形だけは避ける必要があり、国内企業各社が、政府が打ち出す明確な方針のもとで一体感を持った連携体制を取ることが欧米各社に対抗を図るための有望な方策と考える。
幸いにもパワー半導体を含むレガシー半導体を必要とする自動車産業や産機産業は日本の主要産業の一つであり、注力する意義も大きいと考える。
そして、市場の成長性・将来性を踏まえると、先端領域における競争環境の中で日本も当然負けるわけにはいかないが、大前提として今時点で開発能力、製造能力ともに劣っていることを踏まえ戦略的な取組みを要する。既に先端ロジック半導体の技術開発・量産を企図する動きはあり機運が高まっていると言えるが、デファクトスタンダード製品の創出に加え、十分な製造能力獲得までを見据えることが重要である。
その際、政府としては日本企業への資金援助を中心に据えるのか、海外企業なども対象とする支援策の打ち出しにより誘致を前提に進めるのか、はたまたそれらを両輪で推進するのかという道筋をしっかりと発信することが重要である。
なお、上記2つの方向性とやや異なり、米国・中国のような官民双方が力強く産業強化を推進する動きを見せる国がいる中で日本が独力で対抗するのは、資金力・技術力・人員数など複数要素から見ても極めて難しいと言えるだろう。
その難しさを乗り越えるための1つの方策として、「リージョナルローカライゼーション」を提唱したい。自国内完結を目指す動きがあることは既に言及した通りだが、こと、先端領域においては技術開発や製造キャパシティ、資金確保の観点から台湾・韓国と密に連携するローカライゼーション、すなわち特定地域に閉じた連携網の形成が有用であると考える。日本政府としてアメリカやイギリスと協力する動きも見られる中ではあるが、グローバルSCの脆弱性が露顕した今、できる限り物理的距離の近い諸国に閉じた協力関係を築くことの重要性は一層高まる。
他方、先端領域からの“締め出し”を食らう中国と連携することも一案として考えられるのではないか。中国は欧米諸国からの製造装置輸入などで制約を受ける状況にあるため、中国は現時点では先端領域に必要な技術力は有さないものの、国家を挙げた投資力や豊富な労働力があることに鑑みると、製造キャパシティ確保のためであれば見逃すには惜しいパートナー候補ではある。彼らと協力体制を組むことは一定のリスクをはらむものの、材料・製造装置という半導体製造に欠かせない領域に優位性を有する日本にしか取れない、半導体市場における欧州・米国・アジアの3つ巴の均衡状態を生み出す戦略として検討の余地はあるだろう。
また、物理的な距離関係を重視するだけでなく柔軟な考え方をすると、「技術は保有しないものの、資金力を有しており、かつ国家として新たな収益源の獲得を急ぐ」中東諸国と連携することも一案であろう。先端領域で今後覇権争いを繰り広げるためには技術開発だけでなく製造キャパシティ確保が必要となり、莫大な投資は避けられない。そのための資金力でサポートが期待できるプレイヤーとの密な協力体制を模索することは、ごく自然かつ必要な発想と言える。
なお、どの方式を取るにせよ、パートナリングを実現するためにはパートナーへの価値提供が必要となる。その観点では、日本が現時点で他国に比して高い優位性を有する材料及び製造装置領域の更なる盤石化が“パートナリング実現のカギ”となるだろう。当該領域における強みをフックとしたパートナリング提案を魅力的なものにするためにも、1、材料・製造領域の更なる強化は喫緊かつ日本半導体市場再興に不可欠と言える。
本稿では3つの方向性を提示したが、最終目的を明確に定義し、その実現に資するか否かを指標とすることで各種取組みに優先順位をつけることが何より重要と弊社は考える
なお、今回は主に業界構造の変化とそれに対する各国・地域の取組みを中心に見てきたが、当然ながら市場において実際に競争を繰り広げる企業各社が主役であることを忘れてはならない。彼らにフォーカスをあてたテーマは別の機会に取り上げることとしたい。
Shi Juan
ローランド・ベルガー プリンシパル
南洋理工大学(シンガポール)応用数学博士課程修了。博士(応用数学)。
日本半導体メーカー、グローバル戦略コンサルティングファームなどを経てローランド・ベルガーに参画。
半導体、自動車関連、消費財などの製造業を中心に、海外市場戦略、新規事業開発、事業成長戦略などのプロジェクト経験を豊富に有する。特に、製造業×クロスボーダーに係る支援プロジェクトに強みを持つ。
兼子佑樹
ローランド・ベルガー シニアコンサルタント/ 東京オフィス
京都大学法学部卒業。国内シンクタンクを経て現職。電子・電機、TMT領域を中心に事業戦略立案等、さまざまなプロジェクト多数従事。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授