企業を取り巻く競争環境が激しさを増す中で、自社のリソースだけを使ってイノベーションを起こし、顧客価値を創造することはますます困難になっている。こうした中「オープンイノベーション」は企業にとって必須の戦略となっている。
企業を取り巻く競争環境が激しさを増す中で、自社のリソースだけを使ってイノベーションを起こし、顧客価値を創造することはますます困難になっている。こうした中、企業の内部にとどまらず、外部のアイデアや技術を活用して価値を創造する「オープンイノベーション」は企業にとって必須の戦略となっている。今回ローランド・ベルガーでは、アンケート調査を実施し、日本におけるオープンイノベーションの現状を追った。
カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウ氏が提唱した概念であり、同氏の著書「オープンイノベーション(2003年)」の中では、「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果、組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」と定義されている。このような企業間を超えた共創活動であるオープンイノベーションは、従来企業単体では生み出せなかった新たな価値を創造する戦略として、世界中で注目が高まっている。
オープンイノベーションを具体的に進めるにあたっては、大きく分けて以下の2つのアプローチが存在する。
自社にはない技術やノウハウ、人材などのリソースを他社から取り込み補完する方法。具体的には、社外技術のライセンスインや業務提携などがあり、「インバウンド型」のオープンイノベーションとも呼ばれる。近年注目されるインバウンド型には、大学や研究機関と民間企業による産学連携などがある。
既存技術などの自社の内部資源を外部へと提供し、新たなアイデアや発想を取り入れる方法。具体的には自社技術のライセンスアウトや、自社が提供するプラットフォームでの共同開発などで、「アウトバウンド型」のオープンイノベーションと呼ばれる。また近年では、新規事業支援プログラム(アクセラレーションプログラム)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)など、インバウンド型とアウトバウンド型の両方の要素を組み合わせた「連携型」にも注目が集まっている。
2020年に報告された「オープンイノベーション白書(第三版)」によれば、日本の大手企業(売上高約250億円以上規模)におけるオープンイノベーションの実施率は47%であり、すでに大手企業の約半数が取り組んでいる。
また、具体的な取組み内容を見ると、外部企業への積極的な接触やネットワークコミュニティの形成といった比較的ハードルが低い取組みが多い一方で、CVCの組成やベンチャーキャピタル(VC)への投資なども一定割合見られ、連携型のオープンイノベーションへと取組みが多様化している様子が伺える。
このようにオープンイノベーションへの取組みが増加し、取組み内容の多様化も進展しているが、実際にこうしたオープンイノベーションは成果につながっているのだろうか。
2010年代にはオープンイノベーションブームに乗り、大企業とベンチャー企業が手を組む例が一気に増えた。しかし、さまざまな要因からその多くが頓挫し「オープンイノベーションごっこ」とやゆされることも多い。現状はどうなっているのか、アンケート調査から読み取ってみたい。
今回のアンケート調査では、オープンイノベーションに取り組んでいる企業の内、実に68%が「成果が出ている(17%)」「どちらかと言えば成果が出ている(51%)」と回答しており、意外にも多くの企業で成果を感じていることが分かった。
また、取組み期間別での成果を見ると、5年以上取り組んでいる企業では、31%が「成果が出ている」と回答しており、取組み期間の長さと成果には相関関係が見られる。
「オープンイノベーションごっこ」との社内外のやゆに耐えながら、改善を重ねて取組みを継続してきた企業では、昨今のエコシステムの成熟に伴って、長期的な取組みが功を奏し始めているということではないだろうか。
一方で、オープンイノベーションに取り組んでいる企業の1/3は依然として、「成果が出ていない(4%)」「どちらかと言えば成果が出ていない(29%)」と回答しており、課題も顕在化していると言える。
さて、前述の通り、日本においてもオープンイノベーションに取り組んでいる企業の多くが成果を実感し始めていることを見てきたが、今後さらにオープンイノベーションによる価値創造を行うための成功要因、あるいは失敗要因から成功確度を上げるための要諦について考えてみたい。
アンケート調査からは、成功要因と失敗要因についてそれぞれ異なる要因が挙げられている。それぞれの上位3つを見てみると以下の通りとなる。
◆成功要因トップ3
◆失敗要因トップ3
これらアンケート結果を読み解くと、オープンイノベーション成功への必要条件として、予算を含む(1)トップマネジメントのコミットメントが挙げられる。ただし、これだけでは成功への十分条件にはならず、(1)に加えて、(2)既存事業とのシナジーを意識した目的の明確化、さらには社内で不足している起業家精神等のリソースを補うために(3)外部提携の仕組みを構築することの重要性が浮かび上がる。
以下でこれら3つの要件について簡単にまとめてみた。
一般的にオープンイノベーションでは短期的な成果が出づらく、その取り組みには中長期的な時間軸が求められる。また担当部門以外には定性的な効果も見えづらいことから、企業の業績が低迷した局面などでは、社内外から厳しい目が向けられる。そういった環境下においても、予算・人員などの社内リソースを確保し、長期的視点で取り組むためには、トップマネジメントによるコミットメントが必要不可欠である。
なお、ここでいうトップマネジメントによるコミットメントとは具体的に以下のようなものを指す。
組織の枠組みを超えて異なる企業同士が協業するためには、既存事業とのシナジー創出など、協業の目的や期待する効果を明確にする必要がある。例えば、オープンイノベーションを通じて得たい能力や技術が特定されていなければ、適切な企業に自発的にアプローチすることはできない。またオープンイノベーションを通じて相手に提供したい価値が特定できていなければ、協業機会を得たとしても、協力企業とのWin-Winな関係が構築できず、協業関係は長続きしない。オープンイノベーションはあくまでも手段であり、その先にある目的を明確化することが成功の第一歩と言える。
アンケート調査では、失敗要因の第1位として、社内における起業家精神が強い人材の欠如が挙がったが、自社で不足するリソースを必ずしも全て自社内で補完する必要はない。まさに、こうした社内リソースだけでは足りないものを、外部アクセラレーターやVCとの連携、外部にオープンな共創環境の整備といった提携の仕組みを構築し、リソースを獲得することが肝要である。
続いては、上記で挙げたオープンイノベーション成功の3つの要件について、先行企業の事例を参照しながらさらに詳しく見ていきたい。
KDDIは、これまでに数々のスタートアップ支援等を通じて、次世代型ビジネスの創出に成功してきた企業である。イノベーションリーダーズサミット実行員会と経済産業省が発表した「(有望なスタートアップ企業1369社が選ぶ)イノベーティブな大企業ランキング2021」でも4年連続で第1位に選出されるなど、日本におけるスタートアップ連携の草分け的な存在である。
同社では、2006年のグーグルやグリーとの業務提携を端に、2009年には独立系VCへの投資、さらには2011年にアクセラレーションプログラムの「KDDI∞Labo」の立ち上げ、2012年にはCVCの「KDDI Open Innovation Fund」の組成など、段階的にオープンイノベーションの取組みを拡大している。
以下では、同社のこれまでの取組みから、3つの成功要件について論じてみたい。
KDDIのトップマネジメントは、オープンイノベーションに関する短期的なシナジー効果には期待せず、中長期の取組みとして実施していくことにコミットし、専門人材を確保した上で、さらに現場レベルに裁量を渡している。加えて、オープンイノベーションが企業にとって価値ある取組みであることを全社員に理解してもらうために、社長自らが積極的にメッセージを発信している。
KDDIの経営戦略本部副本部長の江端氏による(Newspicks記事「KDDIに見る、オープンイノベーションの法則」)と、同社がCVCやVCに投資する際などのオープンイノベーションを行う時には、自社が向かっていく方向性・課題などから会社に足りないパーツ、補完したい機能を明確化している。さらに、外部提携先に対してもそうした内容を踏まえて徹底的に議論をしているようだ。加えて、オープンイノベーションのテーマを選ぶ際には、まずはOBゾーンを設定してやらないことを決定するなど、目的の明確化を徹底している。
上述したKDDI Open Innovation FundやKDDI∞Laboなど、長年に渡って構築された仕組みが存在している。特にKDDI∞Laboでは、プログラム参加中の企業にはKDDIによる投資をしないことをルール化するなど、あえてスタートアップの囲い込みはせず、スタートアップが不安なく参加できるように仕組化している。一方で、KDDI∞Laboのプログラムの中で共創機会が見つかれば、KDDI Open Innovation Fundによる投資、さらにKDDI本体からのM&Aといったプロセスを経ることで、従来実施しているM&A機会の拡大や成功確度を向上する仕組みとしても機能している。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授