「レッドガス」時代の羅針盤【第三章】従来型グローバルサプライチェーン設計思想からの脱却(1/2 ページ)

製造各社が磨き上げてきた“ゴールデン”チェーンの弱みが表面化する一方、情報技術の高度化による新たな可能性も見えつつある。今こそ、新たな設計思想に基づくグローバルサプライチェーンの構築の好機といえるのではないだろうか。

» 2023年02月14日 07時02分 公開
[大宮隆之ITmedia]
Roland Berger

顕在化しつつある従来型グローバルサプライチェーンの課題

 19世紀当時、各国は自国内で完結できるサプライチェーンを構築し、完成品を輸出・国内消費するということが製造業の常識であった。ところが、近代の輸送技術および情報通信技術の発展が、この国内完結型の構造を一変させた。

 サプライチェーンの要素を切り分け、当該要素を最も効率的に担うことができる地域へ分業させる、すなわち国際生産分業による協調型のグローバルサプライチェーンが構築可能となったのだ。これにより、中国に代表される新興国の経済は大きく発展するとともに、製造業各社は最もコスト効率の良い生産機能の担い手を求め、一意の最適解としての“ゴールデン”チェーンを磨き上げてきた。

 しかし、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の大幅な変動など、需給環境の急変により前提としていたコスト効率の担保が困難となっているケースも多々見受けられるとともに、保護主義思想に伴う貿易摩擦、戦時下に伴う生産撤退など、そもそも当該国での生産自体が困難となる事象も表れ始めている。

 また、情報処理能力の格段の向上に加え、RFID・各種センサー・QRコードなどによるコネクティッド化は“ゴールデン”チェーンの硬直性に一石を投じている。生産財の精緻な追跡が可能となり、リアルタイムでのサプライチェーンの効率性・付加価値を把握する土台が構築される。これにより、サプライチェーンの組み替え判断を容易に行うことができ、これまでのグローバルサプライチェーンではなしえない、飛躍的な生産性向上が可能となりつつある。

 “ゴールデン”チェーンにおける弱みが表面化する一方、情報技術の高度化による新たな可能性も見えつつある今こそ、新たな設計思想に基づくグローバルサプライチェーンの構築の好機といえるのではないか。

設計思想の変化の兆し

 これら環境変化に追随し、常に競争力のあるグローバルサプライチェーンを構築するためには、その柔軟性をいかに高めるかが重要となる。

1、マルチソースの最大活用

 地政学的リスクはこれまでにない高まりを見せるとともに、ESGなど多様な観点での評価がなされる中、現状のサプライチェーンとしての担い手を取り巻く環境は目まぐるしく変化している。このような環境下、足元では生産・調達など各機能の分散化を図る動きが活発化しつつある。

 サムスン電子は、2020年末に中国・天津市のテレビ生産をベトナム工場に統廃合するなど、従来の中国中心の生産体制からベトナム、メキシコ、ハンガリー、エジプトなどの工場に生産機能を分散化を推進するなど、生産拠点の「脱中国依存」を推進している。これらの取組みが功を奏し、米中貿易紛争や中印国境紛争が中国企業の海外展開に足踏みを強いている中、自社のスマートフォンやテレビのシェア拡大の追い風となっている。

 併せて、Qualcommはサプライチェーン安定化の一環として、主要ファウンドリからの供給契約を複数締結しながら、2021年に立ち上がったIntelのファウンドリ部門とも他社に先駆けて契約するなど、多角化に積極的に取り組んでいる。加え、EUやインドによる欧州・インド国内へのファウンドリ誘致が行われた際にはそれらの地域のファウンドリを積極的に活用することをCEOが明言するなど、単なるファウンドリの拡大にとどまらず面としての生産ケイパビリティの拡充にも強い意欲を見せている。

 グローバルサプライチェーンを取り巻くリスク要因の顕在化は一面的には脅威ではある。しかし、そのリスクを先読みし、競合に先駆けて取組みを行うことで先行者としての機会へと転換することも可能であろう。

2、グローバルサプライチェーンへの転換

 マルチソースの最大活用の流れの一方で、グローバルでのガバナンスは維持しつつ、地域完結型のサプライチェーンへの転換を図るとともに、柔軟性と併せてローカル毎のスピード感を高めることを狙う取組みも現れ始めている。

 実際、Schneider Electricは、Multi-local approachと称し、グローバルサプライチェーンに一定の冗長性を許容しつつ、極力地域単位でのサプライチェーン構築・権限委譲を図っている。また、サプライチェーンをローカル化・短縮化することで、柔軟性・強靭性、ローカルでのデリバリースピードを高めることを志向しており、Gartner社による「Global Supply Chain Top25 2022」においてはグローバル#2にノミネートされている。

 加え、BASFは原料調達地に近接した製造拠点を設立し、欧州燃料電池サプライチェーンの域内完結化の取組を進めている。2022年には中国の燃料電池メーカーCATLとの戦略的パートナーシップを締結し、CATLの欧州におけるローカリゼーションを支援することを発表するなど、他社との協業・提携関係も活用した組み換えを推進している。このようなサプライチェーンの再構築に向けた他力の活用も1つのポイントといえよう。

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