開発競争でしのぎを削る最先端ノード領域を中心に、各国のバリューチェーン上の強みはどこにあるのか、今後日本が取るべき方向性は。
第一章では、半導体種別やノードサイズ、用途市場に着目し、利用状況や需給バランスが異なることに触れ、半導体市場に現在進行形で生じる変化に言及した。
市場全体を概観するだけでなく、各国(地域含む)の動きにフォーカスすると、バリューチェーン(VC)上の各種業態にそれぞれが三者三様の強みを有することが見えてくる。本稿では、開発競争でしのぎを削る最先端ノード領域を中心に、各国のVC上の強みについて、過去経緯を踏まえながら詳述したうえで今後日本が取るべき方向性を考察する。
米国はファブレス業態で64%のシェアを占め、特に水平分業が最も顕著なロジック半導体市場の34%を同国ファブレス企業であるBroadcom、Qualcomn、NVIDIAの3社が占める(2020年時点)。1990年頃に始まる水平分業を牽引したのが米国スタートアップであり、以降米国ではファブレス業態が成長してきた。1985年にQualcomn、1993年にNVIDIAがシリコンバレーで設計特化のスタートアップとして起業され、台湾ファウンドリのTSMC(1987年設立)に製造を依頼する形でロジック半導体市場に参入した。
1990年代中頃から先進国で普及し始めた、PCに搭載されるSoC(システムLSI)は多品種少量生産が求められるため莫大な投資を必要とし、一社での設計・製造両面への投資には限界があった。斯様な構造的問題を背景に、設計特化のファブレスと製造特化のファウンドリがそれぞれが専門とする工程に投資を集中させることで効率的に技術水準を高めるとともに、シェアを高めていくことに成功した。
2000年以降、携帯電話への搭載によってSoC市場の成長率はより高まり、多品種少量生産向けの開発競争は激化した。2008年にはIDMの形態を保っていたAMDも製造部門の分離を決断し、ファブレス企業化を果たすとともに、同社製造部門から分社化する形でGlobalFoundriesはファウンドリとして成立した。
以上のように、ファブレス業態において米国企業の隆盛が目立つものの、台湾のMedia Tekは2020年のロジック半導体市場で9%(5位)、Huaweiの半導体設計子会社であるHiSilliconが6.7%(6位)のシェアを有するなど他国勢の健闘も伺える。前者は2008年頃からシェアトップ5前後に位置し、後者はHuaweiの成長とともに2010年代に台頭してきたが、両社ともにQualcomn等の上位3社を脅かすほどではなく、米国の優位性は継続していると見るのが妥当であろう。
加えて、米国はHuawei への禁輸措置やCHIPS法によって自国内の技術開発を高めると同時に、中国の台頭を牽制する動きを強めている。実際、中国のHiSilliconはTSMCに最先端チップの製造を委託できないうえ、国内に最先端チップ製造が可能な製造装置もファウンドリも存在しないという事態に陥っている。故に近年成長著しい中国であっても順調な成長は見込み難く、米国のファブレス業態における優位性は維持されると推察できる。
対照的に、ファウンドリ、OSAT領域は台湾企業がシェアトップに軒を連ねる。ファウンドリでは、SMCやUMCを擁する結果、67%のシェアを、OSATでは35%のシェアを持つ(2020年時点)。
台湾では、1970年代に米国からICの設計・製造技術を導入し、IDMの育成を始めたものの技術的な差はなかなか埋まらなかった。そのような中で1987年にTSMCが世界初のファウンドリ企業として設立され、当初はIntel等IDMやQualcomn等ファブレススタートアップの製造委託を受け成長した。特に2000年以降、前章にて言及のとおり、SoC需要の急速拡大を背景に、ファウンドリ業態の先駆者として技術投資を行っていたTSMCは2008年には同市場の50%を占有した。
台湾の強みの1つは、圧倒的な地位を確立したTSMCの存在である。TSMCは先端ノードの製造工程に莫大な先行投資を行い、約2年の間隔で次世代ノードの量産化技術を実現してきた。TSMCを始めとするファウンドリ各社は2011年から2022年で約4〜5倍に研究開発費(実費)を拡大してきたが、累積額で比較するとTSMCは他社比6〜7倍と他を寄せ付けない規模の投資を行っている。また、開発した技術は特許出願と訴訟によって守り、先行者利益を確固たるものにしている。
更に近年、ファウンドリにおいて絶対的な地位を保ちつつも、ファブレス市場でも台湾企業が躍進している。Media Tekは2000年代から成長した中国国内の携帯・スマートフォンメーカー向けに汎用ロジック半導体を供給することで成長し、2008年頃からシェア上位に位置している。また、TSMCやUMCと設計・製造ノウハウの面で連携することで、相互に技術水準を高めあっている。
既に台湾はファウンドリ業態の先駆者として絶対的な地位を築いていると言っても差し支えないが、TSMCの工場を米国を含む各国が誘致しようとする動きがある中で、設備投資を抑制しつつ生産能力を増強することが可能であり、一層のシェア拡大も想定される。また、生産拠点が全世界で分散しても尚、研究開発自体は台湾で行うと推察されるため、技術的な優位性が揺らぐとは考え難い。それ故、今後もファウンドリにおける覇者的地位は継続すると見てよいだろう。
中国は、ファウンドリで5%、OSATで19%と、台湾に次ぐ形で一定のプレゼンスを有する(2020年時点)。
1980年代以降、初めてIDM育成を目的とした国内企業支援施策を始めたものの、他国との技術的な差が埋まらず挫折した。2000年頃より人件費の安さに着目した外資IDMの工場移転・合弁設立・スピンアウトが増加したこともあり、技術移転が比較的容易と見込まれるファウンドリ・OSATに注力し始めた。
類似する経緯・特徴を持つ台湾と異なる点は技術力のフォーカスポイントにある。台湾はTSMCを筆頭に最先端ノードにおける製造能力、技術力を強みにしているが、中国のSMICの微細化技術は、TSMCと比較して2世代程度(約4年)劣後すると報道等では言われてきた。それゆえにレガシープロセスの技術を成熟させることに注力し、一定のシェアを確保するとともに、前工程ほど複雑なプロセスを有さないOSATでは台湾に次ぐポジションを確保している。
また、ファブレス業態のHiSilliconは2010年代に台頭し、2020年にはロジック半導体市場で7%、6位の座についた。これは、Huaweiの設計部門子会社として技術開発に投資し、主に親会社のスマートフォン・PC向けの納品を通じて急成長したためである。
ファウンドリ・OSAT以外の領域での急成長も見受けられるものの、米国の半導体政策が非常に大きな足枷となっている。Huaweiへの半導体輸出制限及びCHIPS法により、海外の高品質なハイエンド向け材料(基盤等)や製造設備を入手できない状況に追い込まれ、TSMC等海外の先端ファウンドリへの製造委託も困難なことから、先端半導体の生産が実質的に不可能になった。斯様な状況を踏まえ中国は、先端半導体の製造を諦め、レガシープロセスやパワー半導体の次世代素材の研究に傾倒しつつあるがポジショニング争いにどのように絡んでくるか注視が必要であろう。
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