IT部門発! サービス創出のために断行した全社変革――セブン銀行 相原氏(1/2 ページ)

セブン銀行はATMという社会インフラを進化させるべく、IT部門発で全社変革を断行。ユーザー中心デザインを軸に、事業創出プロセスと組織文化の刷新に挑んでいる。

» 2025年09月05日 11時30分 公開
[星原康一ITmedia]

 セブン銀行が進めるIT戦略改革は、単なるシステム刷新プロジェクトではない。コンビニATMという社会インフラを支える企業が、ユーザー中心デザインを軸に事業創出プロセスと組織文化を刷新しようとしている。

 2025年7月25日に開催されたメンバーズ主催イベント「DXリーダーズ・カンファレンス2025〜内製実行力こそが競争優位を生む:先進企業の事例から〜」では、セブン銀行 ATMソリューション部 相原貴行氏が、その実践結果とそこから得られた学びを語った。

セブン銀行 ATMソリューション部 相原貴行(部署名・役職については登壇当時) セブン銀行 ATMソリューション部 相原貴行(部署名・役職については登壇当時)

コンビニATMは進化を続ける社会インフラ

 セブン銀行は、金融ビッグバン(金融規制緩和)を契機に、ATMをベースとした小売業初の金融機関として2001年に設立された。全国に設置したATMは約2万8000台に上り、1日に約280万人が利用する。また国内だけでなく、海外でも約2万台を展開しており、利用件数は年間10億を超える。まさに社会インフラと呼ぶにふさわしいサービスである。

 提供するATMのほとんどがセブン‐イレブン店舗に設置されていることから24時間365日いつでも利用可能でなければならない。にもかかわらず、適宜機能改善を施しながら、稼働率99.98%という高い安定性を維持している。

 現金取引だけでなく、nanacoをはじめとする電子マネーや、PayPayなどのQRコード決済アプリのチャージでも、頻繁に利用されている。現在稼働する第4世代ATMでは、キャッシュ・クレジットカード不要のスマートフォン取引や顔認証に対応するなど、利便性を向上させた。

 運用上で難しいのは、「基本的に1店舗1台しかないので故障時の代替が効かない」「(銀行法により)コンビニ店員ではメンテナンス作業ができない」など銀行に設置しているATMとは異なる制約があること。そのため、ATM自身に状態監視・障害検知の機能を搭載するなど、「止まらない」工夫を施している。

 「そこには業界初、世界初の機能も多くある」(相原氏)というほど、未だに挑戦的な姿勢を崩さない企業である。前例なき道を切り開いて進む根幹には、新商品・新サービスを次々と生み出してきたセブン‐イレブンのDNAがある。

セブン銀行の事業の特徴(登壇資料より) セブン銀行の事業の特徴(登壇資料より)

レガシーの壁とIT戦略再構築

 顧客の利便性を向上させるATM端末の先進的な開発の裏で、バックグラウンドのアプリケーションは「長年のシステム増改築の影響でモノリシック化が進行している」(相原氏)という。画面1つの改修にも多大なコストと時間が必要であり、迅速なサービス開発の障壁となっていた。

 また、セブン銀行開業時の小規模開発・パートナー依存体制が今も残り、システムごとのガバナンス差や部門間の分断も顕在化。いわゆる「2025年の崖」の課題に直面していた。

 そうした背景から、IT部門横断の戦略担当部署として2023年に発足したのが、相原氏の所属していたITデザイン室だ。同部署では、全社ワークショップを半年間実施して課題を抽出したうえで、経営戦略と整合したIT戦略を立案。一連の業務を円滑に進行する変革の柱として「つくりかた」「ひと」「しくみ」の3分野で方針を決めた。

 「つくりかた」では、不確実性を前提とした事業づくりのプロセスを定義。「しくみ」では、既存システムもうまく活用しながら、新しいものを効率的に作るための開発環境を提供。「ひと」に関しては、人財の定義や、採用・育成の方針を確立した。

「つくりかた」改革の3つのポイント

 相原氏は、上記の3つの柱のうち、聴講者の応用が効きそうな施策として「つくりかた」を深掘りした。重視しているのは、「アジャイルな状態」「クロスファンクション」「デザイン」の3つだという。

アジャイルな状態

 相原氏は、現代の組織が結果を残すには、「Do Agile」ではなく「Be Agile」であることが大切と説く。すなわち、意識してアジャイル手法で進めるのではなく、自然とアジャイルに進むような環境を作り上げる必要がある。

 ITデザイン室では、同社が2016年から取り入れているアジャイル開発の手法を事業全体のプロセスに拡張した。デザイン思考、リーンスタートアップとともにサービス創出スタイルとして定義し、小さく早く柔軟に失敗できる風土を作っている。

Be Agileを推進(登壇資料より) Be Agileを推進(登壇資料より)

クロスファンクション体制

 上記を実践するため、組織体制にも手を入れ、ビジネス部門とIT部門の役割分担を取り壊した。

 事業企画を担うサービスデザイナー、顧客体験に責任を持つUI・UXデザイナー、開発を担当するエンジニア、さらにはアジャイルプロジェクトマネジャー(スクラムマスター)やプロダクトオーナーまで、役割の異なるメンバーがすべてのフェーズで協働する体制に変え、最上流のビジネス構想の段階からさまざまな観点で検討・検証できる環境を構築している。

 サービスデザイナーやUI・UXデザイナーなど、社内で足りない人財は、メンバーズなどの外部サービスも活用して調達しているという。

クロスファンクションの体制に変更(登壇資料より) クロスファンクションの体制に変更(登壇資料より)

サービスデザイン

 同社が特に大切にしているのが、サービスデザインという概念だ。

 ATMの機能改善においては「5年、10年先の世の中を想像して、その世界に適したATMを構想する」という手法を採用してきた。「社内ではこれがサービスデザインだと認識されていない」(相原氏)ほど文化として根付いており、これを新たな事業づくりにも応用している。

 具体的には、ユーザーペインの検討、ソリューションの実装方法、市場での受け入れ度合いの検証などをプロセス化したほか、課題構造の可視化、提供価値のブループリント化などを行い、価値起点の事業創出プロセスを体系化している。

サービスデザインを軸にビジネスプロセスを創出(登壇資料より) サービスデザインを軸にビジネスプロセスを創出(登壇資料より)

実践と学び

 こうした手法が実用に足るものかを確認するべく、相原氏らは3つのプロジェクトでビジネス構想フェーズから加わり実践した。結果としては、顧客ターゲットを早期に見直したり、スモールスタートの道筋を立てられようになったりと一定の成果を確認できた。

 一方で、プロジェクトの中には途中頓挫するケースもあり、その原因を追究すると、企画段階での説明力不足や役員とのコミュニケーション不足などに行きついたという。

 「課題の多くはサービスデザイン領域の外にある」(相原氏)ことが判明したため、サービスデザインを超えてビジネスデザインやコミュニケーションデザインまで支援範囲を拡大。現在は、新プロセスを社内ブランド「CLEAR」として展開し、再挑戦を始めている。

新プロセス「CLEAR」で推進(登壇資料より) 新プロセス「CLEAR」で推進(登壇資料より)
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