近年知名度を上げたこの旅館は、もとは赤字続きだった地元自治体の第三セクターが運営する施設だった。経営難の市有施設が民営化によって再生した好事例として注目を集めており、集客への挑戦は続いている。
大分県日田市の山あいに「5つ星の宿」として高い評価を受ける旅館がある。「奥日田温泉 うめひびき」は福岡・熊本の県境に近い山と渓谷に囲まれた地域にあり、露天風呂や地元食材を使った食事で宿泊者をもてなす。近年知名度を上げたこの旅館は、もとは赤字続きだった地元自治体の第三セクターが運営する施設だった。経営難の市有施設が民営化によって再生した好事例として注目を集めており、集客への挑戦は続いている。
地元特産の「梅」が随所にデザインされ、愛らしい雰囲気の館内。JR日田駅から車で25分。梅の生産が盛んな日田市大山町に旅館はある。平成29年11月、市の第三セクターが経営していた「豊後・大山ひびきの郷」を改装してオープンした。
渓谷を望む露天風呂付きの客室や、1棟を離れとしたスイートルームなど32部屋があり、料金は1泊2食付きで1人3万〜6万円台。昨年には宿泊者限定で貸し切り利用ができるサウナを新設、リニューアルも進む。
もともと旧大山町(現日田市)が14年に整備した産業・観光施設で、梅酒の製造工場に、レストランや宿泊もできる温泉施設が併設されていた。
運営を担う三セクは、地域振興の夢を乗せ「おおやま夢工房」と名付けられ、特産の梅のPRや住民の雇用の場として役割を果たしたものの、利用者は徐々に減少。23年度に赤字に転落すると、翌年に市内で発生した豪雨水害も追い打ちとなって客足が遠のき、4期連続で赤字を計上した。施設の老朽化が進む一方、新たな投資を行うのは難しく、市は民営化による存続の道を模索した。
経営難や山間部における立地などから経営に参画してくれる企業探しや交渉は困難を極めた。そんな中、三セク側から打診を受けて参画を決めたのがJR九州だった。
同社にとって要請を受けることは「挑戦」でもあった。市内には同社の鉄道が通るが、沿線からは離れており、再建には大きな投資が求められるうえ、梅酒の製造も未知の分野だ。
決め手の一つとなったのが、地元が大事に育ててきた「梅」だ。旧大山町は昭和30年代、米作りに適さない山間部で、収益性の高い梅や栗の栽培を推進するため「梅栗植えてハワイに行こう」をスローガンに掲げた政策を展開。住民の努力は実り、大山の梅は「青いダイヤ」と呼ばれるほど市場評価が高まり、九州有数の梅の産地となった。
当時社長だった唐池恒二氏(現相談役)も「農業の振興が九州の振興につながる」との思いを持っていた。夢工房が製造する梅酒は「全国梅酒品評会」や「世界リキュールコンテスト」で金賞を受賞するほど国内外で評価が高く、同社が運行する豪華寝台列車「ななつ星in九州」にも採用。夢工房をグループに迎え、ともに梅産業を振興する姿を描いた。
平成28年に夢工房を子会社化した同社は、10億円規模の投資で宿泊機能を強化した旅館に改装した。客室数を11室から32室に増やし、景色を臨む露天風呂付きの部屋を設けたほか、梅を前面に出すブランド戦略で、梅を使った体に優しい会席料理や梅酒を提供。外観やインテリアには梅の模様をちりばめ、和の雰囲気と高級感を出した。
「梅づくし」の宿は話題になり、開業翌年の30年度には海外の旅行客も注目する「人気温泉旅館ホテル250選」(観光経済新聞社主催)に選出された。以来、毎年選出され「5つ星の宿」の認定を受けた。
「ななつ星」のクルー経験者も支配人やスタッフとして迎えており、従業員に接客のポイントを伝える。施設の魅力やサービスの向上で客単価を上げ、継続的な投資につなげる好循環を維持しようと努力を続ける。
今夏は、夏場に下がる稼働率向上策として、一層の梅づくしプランを発案した。おおやま夢工房の土橋泰輔社長は「梅の活用で他の施設と違う特色が出せる。大山の人たちが育てた梅の価値を高め、多くの人に奥日田に来てほしい」と話す。
課題は人材確保だが、健康増進効果がある梅で地域には元気な高齢者が多く、従業員の伊藤りつ子さん(71)は「体調を崩したら梅を食べ、梅エキスを飲む。梅と温泉の力で元気です」と笑う。パート・アルバイトの大半が60、70代で、地元住民が施設を支える。
地方に鉄道網を持つJR九州にとって沿線地域の活性化は欠かせない。地域資源を生かした三セク施設の再生は、総務省の改革事例集でも紹介され、他の自治体からも参考にされている。(一居真由子)
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