IT導入では、社内ユーザーの協力は欠かせない。しかしユーザーの多様な要求をすべて受け入れようとするとシステムそのものの質が低下する可能性がある。
ユーザー意見を反映すべき要件定義の内容、あるいは稼動後システムへのユーザーの取り組み方などが、導入したシステムの定着化と所期効果の達成を左右すると言われ、それらの完璧を期すために、ユーザーの要求を充分聞き入れろ、ということである。
しかし、実際はなかなか難しい。ユーザーの意識やシステム構築側の意識、技術の巧拙などの問題から、ついユーザー意見が軽視されたり、逆にユーザー主導という美名の下に彼らの理不尽な要求まで聞かざるを得なかったりするケースが少なくない。ユーザーの要求を、果たして教科書どおりに常に完璧を期して聞き入れることが正しい方法と言えるのか、という疑問を持って、改めて見直すことを試みる価値はありそうだ。
ユーザーは、意識の低さ、不勉強、あるいは誤解などから節操のない要求をしたり、その要求を簡単に変更したりしがちである。それを受け入れるとどうなるか。
中堅の産業機器メーカーA社の工場では、製品納期管理の精度の悪さ、生産工程の進度把握のずさんさ、在庫増などが、懸案事項だった。それを解決するために、生産管理システムを構築することにした。A社では、製品や部分組み立て品、部品の手配方式、在庫管理方式などが特殊であり、独特の管理体制を敷いていたため、システムはパッケージでなく、独自で構築することにした。関係者の関心を最も呼んだのは、生産計画のシミュレーションだった。シミュレーションを行う頻度について、製造部門は週2度の頻度で十分としたが、営業部門などは執拗に日単位、あるいは時間単位を要求してきた。あまりに熱心な要求に、プロジェクトチーム側も折れて、時間単位のシミュレーションシステムを構築した。しかしシステムが重くなった上に、データの入力がとても追いつかなかったため、時間単位はもちろん、日単位のシミュレーションなど全く機能しなかった。
あいまいな、あるいは目前の利害にこだわるユーザー要求に迎合してシステム機能を不用意に増やすと、システムが複雑になったり、現場がついて行けなくなったりして、機能しなくなる恐れがある。
ユーザー要求というものは、そもそも不明確で、システムが稼動を始めてから平然と変更してくることは、統計にも表れている。JUAS「企業IT動向調査2006」によれば、「仕様の定義が不充分」、「要求仕様を明確に提示していない」という認識を持っているユーザー企業が、66%にもなる。
なぜ要求は不明確で節操がなく、容易に変更されることが多いのか。
情報システム部門やベンダーなどシステム構築側が、本当にユーザーに役立つシステムを構築しようとする気概に欠けていることと、システム導入に対するユーザーの考え方に真剣さが欠けていること、からである。まずシステム構築側が、ユーザー要求をできるだけ取り入れた方が断る交渉をするより仕事がはかどる、あるいはユーザーが喜ぶと考えたり、ただ生真面目に対応しようとしたり、逆に期限などに迫られてユーザー要求を無視したり、節操がない。彼らにユーザーに役立つシステムを構築するという確固たる考え方がなければ、当然そうなる。
一方、ユーザーがシステム化に対する考え方をしっかり持っていなければ、要求は最初からハッキリしたものではなく、漠然としたものであり、整理もされていなければ、抽象化もされていない。全体最適意識もコスト意識もないから、節操のない要求を出してくる。システム構築側が決めたと思っている要求(仕様)を、ユーザーは決まったという認識を持たないこともある。
さらに、ITの目的が単なる業務効率向上から高度な経営目標達成にシフトするにつれ、ますますユーザーは要求を明確にできなくなる。では、どうすればよいか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上
早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授