次世代のリーダーとなるべき若手の育成で悩んでいた秦野は、数少ない中途入社組の川口を見込んで、その思いを語った。
内山悟志の「IT人材育成物語」 前回までのあらすじはこちら
多くのビジネスパーソンと同様、秦野は出社するとまずメールをチェックする。スパムメールが多いことが朝のフレッシュな思考を邪魔するが、最近はその扱いにも慣れた。タイトルだけで不要なものはスパムフォルダにどんどん投げ込んでいくのだ。
メールをチェックしていると「自分メモ」のタグがついた「川口くん 若手育成」というタイトルが目に飛び込んできた。秦野は自分の携帯からのメール受信は「自分メモ」というタグが付くようにフィルタ設定している。「そうか、昨日の帰りに……」と思い出す。秦野は仕事のオン/オフの切り替えがはっきりしており、実際のところ、仕事のことは一歩会社を出ると忘れていることが多い。昨日のように、良いアイデアを思い付いたときは、飲み会の最中でも、自宅でくつろいでいる時でも、携帯から会社のアドレスにメールしておいて、次の瞬間にはもう忘れてしまっている。
川口の朝はのんびりしている。今日も9時の始業直前に悠々と出社してきた。秦野は、川口が席に着く間もなく声を掛けた。
「川口くん、午前中少し時間があるかい」
「部長、おはようございます。はい、今日はずっと空いていますが……?」
「それなら善は急げだ。ちょっと一緒に来てくれ」
川口はかばんを机に放り投げて、同じフロアの角にあるリフレッシュコーナーに向かって歩き出す秦野を追いかけた。
「部長、僕、何かヘマしましたか」。リフレッシュコーナーに到着するやいなや、川口は秦野の顔色を伺った。
「いやいや、君を見込んで頼みたいことがあるんだ」。ちょっと安心した面持ちの川口の返事を待たずに秦野は続けた。
「若手の育成のために、一肌脱いでもらいたいんだよ」
「僕も十分若手のつもりですけど・・・…。若手って、今度配属された新人のことですか?」
「いや、そうじゃない。20代後半から30代半ばまでの、そうだな、宮下くんと奥山さんが当面のターゲットだ」
「半ば過ぎではありますが、僕も一応30代ですし、システム部の中では若い方ですよ!」
「まあ、いいじゃないか。それより君はここに転職してくる前に、システムメーカー系の教育会社にいたことがあっただろう」
川口は、中途入社の少ないあかり食品の情報システム部の中では珍しい転職組で、メーカー系のシステムエンジニアと、その系列の教育会社で研修コンサルタントの経験があった。
「それに、君は仕事が早いし思考も論理的だ。企画をまとめるのも上手い。それを彼らに伝授して欲しいんだよ」
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