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» 2009年11月10日 08時15分 公開

小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:55.5%という数字がもたらす意味 (2/2)

[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]
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日本で開くオリンピックの価値

 45年前、アジア初の東京オリンピックに接した日本人は、間違いなく目の前で行われるオリンピックに心を揺さぶられ、感動しました。競技に感動するだけでなく、さまざまな形でオリンピックに参加することによって、世界中から来た人々と交流し多くのものを得ました。世界に日本を知ってもらうこともできました。

 このコラムでも時々書いているように、わたしはスポーツドクターとしてオリンピックなどの世界大会に帯同するたびに、たくさんのことに気付き、勉強させてもらっています。日本を改めて見直すこともできるのです。その喜びを日本の多くの人たちにも味わってもらえる、それが日本で開くオリンピックの価値だったと思います。「なぜ東京なのか」「なぜ2回目なのか」など国民に伝わりにくかったとの意見がありますが、それよりも素直に「日本でオリンピックをやりたいんだ」という熱い思いを伝えられなかった、熱い思いを持てなかった、それがリオデジャネイロとの一番の違いだったのではと感じます。

人類に貢献、社会をより良く

 開催都市が決定した翌日からコペンハーゲンでは、「国際社会の中でのオリンピックムーブメント」をメインテーマに、IOCなど世界のスポーツ関係者がオリンピックの将来について議論するオリンピックコングレスが15年ぶりに開催されました。これからIOCが世界の中でどのような役割を担い活動していくか、それを再確認する大会でした。

 オリンピックムーブメントとは、「スポーツを通じて相互理解と友好の精神を養い、平和でより良い世界の建設に貢献する」というオリンピック精神の普及と、さらなる理解を得るための活動のことです。IOCは1894年にピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱により、古代オリンピックの復興を目的として創設されましたが、4年に1度のオリンピックを主催するだけではなく、このオリンピックムーブメントの普及がIOCの最たる目的です。

 1909年には、嘉納治五郎が日本人として初めてIOC委員に就任しました。精神修練、人間形成のための道として「柔道」を普及、発展させた嘉納師範は、オリンピックムーブメントが自らの教育的理想を実現させる道と考えました。今年は日本がオリンピックムーブメントに参画してちょうど100年という区切りの年でもあります。

 東京オリンピック招致は残念な結果でしたが、やるべきことも見えてきました。人類に貢献し社会を良くするために役立てること、これこそがスポーツの価値です。それをもっと多くの人たちに分かってもらう努力をしよう、オリンピックムーブメントを普及させよう、そして、スポーツが今は好きでない人たちに向けても語りかけよう、そう強く思っています。


世界を駆け回るドクター小松の連載「スポーツドクター奮闘記」、バックナンバーはこちら



著者プロフィール

小松裕(こまつ ゆたか)

国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士

1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。



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