深刻な経済危機の中、日本の基幹産業である製造業が厳しい状況にある。今回の不況を乗り越え勝ち残っていくために、どのような変革が求められているのか。
リーマンショックに端を発した今回の経済危機は、これまで日本経済が経験してきた景気循環による不況とはまったく異なっている。企業は世界同時不況による構造的な課題に直面し、あらゆる分野で同時並行的に対策を打つことが求められており、まさに経済環境の激変といった様相を呈している。一方で、中国やインドなどではいち早く回復が見られ、国や地域による成長の格差が広がっている状況だ。
3月9日に行われた「スマートなモノづくり」フォーラム2010 Springの講演で、日本IBM 専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業コンサルティング&システム・インテグレーション統括の椎木茂氏は、今の経済状況を「100年に1度でなく、人類にとって初の体験だ」と表現した。
2008年のリーマン・ショック以降、日本企業の多くは収益悪化に苦しんでいる。椎木氏は、日本の基幹産業といえる製造業の主要メーカーについて、その業績の実態を示した。例えば電機業界では、新興国市場などに支えられ一部に回復基調もみられるものの、売上高が上位企業を中心に大きく減少している。
また、上場企業約3200社について、年度ごとに成長性と利益性を分析した結果、売上高を伸ばし、かつ利益を確保した企業は2007年度には約2,000社あったが、2008年度には約800社にまで減少した。2009年度には増加するとみられているものの、1,300社程度にとどまる見込みである。一方、売上高を縮小させつつも利益を確保した企業の数は、今回の経済危機を通じて一貫して増加傾向にある。
多くの企業が必死にコスト削減を行い、その結果として利益確保を実現したといえるだろう。
「日本企業は固定費が高く、わずかな売り上げの減少でも利益率は大きく落ち込む。経済環境の激変する中で、いかに付加価値を向上させられるかが最大の課題だ」(椎木氏)
厳しい経済環境下ではあるが、業績を伸ばし、高い収益性を確保している企業もある。その事例を分析していくと、多くは「グローバル製品戦略」「グローバル・サプライチェーン」「リアルタイム経営」の3つの方向性で変革を成し遂げていると、椎木氏は指摘した。そして、これらの変革を実現するために欠かせないのは、新たなビジネスモデルの構築とIT環境の整備だとしている。具体的には、以下の3つの要件が求められるという。
「単に過去の情報を分析して課題を見出し、対策を講じるのではなく、これからは近未来を予測してリアルタイムに手を打っていくビジネスアナリティクスが欠かせない。よりスマートな経営を実行できる企業が、21世紀のこれからを支配していくのではないだろうか」(椎木氏)
製造業の根幹である「モノづくり」も、さまざまな課題の解決が迫られている。例えば、製品開発にはさまざまな要素が求められるようになっており、メカ、エレキ、ソフトが相互に機能を補完し合いつつ、全体として一体となるような複合的な開発が求められている。さらに近年では、ネットワークとコンテンツを取り込み、製品にサービスとインテリジェンスを付加することが、次世代エンジニアリングの成功の要となる。
「つながらないパソコンはまったく面白くないが、パソコンがネットワークにつながり、その先にある情報コンテンツを活用することによって初めて価値が生まれる。モノづくりはPDIF(Product Development Integration Framework)から、PDIF.NC(PDIF Network Contents)へ。それが次世代エンジニアリングのコンセプトだ」と椎木氏は語る。
また、製造や開発の拠点についてもグローバル化が加速し、サプライヤーとの共同調達・共同開発が広く行われるなど、サプライチェーンのしくみはより高度化、複雑化している。これからは国や言語の枠を越え、用語の統一や標準化による適確な情報共有のしくみが不可欠となる。商品ライフサイクルはますます短くなり、より短期間で効率的な開発が求められていく。
次世代のモノづくりは、このような課題に対応していくことが必要だ。その鍵となるのは、「資源と情報のリサイクル」によるPLM(Product Lifecycle Management)最適化だと椎木氏は言う。
「資源の循環はもちろん、ユーザーの声や潜在的要求を吸い上げ、新製品のアイデアとして設計・開発に取り込んでいく「情報の循環」も含めて最適化していくことが重要だ。売れている商品をみると、ユーザー自身がいろいろな使い方を工夫して、生産者側が想定していなかったようなアイデアを生み出していることがある。そういったアイデアをいかに商品企画に取り込んでいくかがモノづくりにおける成功の秘訣だ」(椎木氏)
モノづくりの環境は、経済状況も含めて激変しており、今までの延長線上にある改革を実現するだけでは今後の回復は難しい。一方で、この環境変動は企業にとって変革のチャンスでもあるはずだ。いち早く環境に適応し、進化を遂げた企業にこそ、未来は開けるものである。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授