なぜ主張がすり合わないのかということを考える前に、簡単なワークをやってみましょう。次の図のイラストの動物を飼育するための餌となるものを5個考え、紙に書いてください。
書けましたか。ここで、1つ質問があります。あなたにはこの動物が何に見えているでしょうか。ウサギ、それとも、アヒルでしょうか。
「何を言っているんだ?」と思われるかもしれませんが、実は、心理学者のジャストローという方が作成した騙し絵で、このイラストはどちらにも見えるようになっています。右側に突き出している2つのモノを、「耳」と見るとウサギに見えます。また、これを「くちばし」と見るとアヒルに見えるのです。
では、先ほどあなたが紙に書いたものを、あなたには見えていなかったもの(ウサギに見えていたら、アヒル。アヒルに見えていたらウサギ。)の飼育に必要なものと考えて、改めて見直してみてください。全く的外れなものになってきませんか。
組織開発のプロジェクトの一環で、このワークを何人かでやってもらうと驚くほど話がかみ合いません。アヒルに見えている人が「魚」と言うと、うさぎに見えている人にとっては「はあ?魚なんて食べるかよ。何を言っているの?」と思うでしょう。
逆に、うさぎに見えている人が「人参」と言うと、アヒルに見えている人にとっては全く理解不能な意見に聞こえるでしょう。
今回は、明確な違いを出すために餌というお題で考えてもらいましたが、ビジネスシーンはこれほど単純ではないでしょう。
また、「見え方」が異なっていても同じような答えになることもあります。例えば、捕獲する方法というような複雑なお題にすると、「罠をつくる」というような、一見、うさぎとアヒルに共通して通用するような方法も出てきます。しかし、実際にはうさぎとアヒルでは罠の中身は全く違うはずであり、もしこれを、合意を得ることができたものと勘違いし実行に移したとき、全く的外れな行動となっている可能性が高いでしょう。
これまでに多くの企業を見てきた経験から感じることですが、組織における多くの問題は、このような「一人ひとり見えている現実が違うということを自覚していない」ことによって引き起こされていることがとても多いのです。
あなたは、ヒンズー教の逸話にある「はじめて象にあった7人の盲人」の話をご存知でしょうか。
ある日、インドの7人の盲人が、象を触って、その正体を突きとめようとした。
これは、7人の盲人がそれぞれ触ったところによって異なった思い込みに陥ったという有名な話です。この逸話はとても多くの示唆を与えてくれます。
まず言えることは、それぞれの盲人は自分が誤解しているなどとは、よもや想像すらしていないということです。彼らは何がどうであろうと「壁だ」、「槍だ」と思っていて、それ以外のものだとはこれっぽっちも思ってはいません。
つまり、思い込みや誤解というものは、他者が「あの人は誤解しているね」と認識しているだけで、本人にとっては疑いの余地すら存在し得ない現実であり、真実そのものに見えてしまうということです。わたしは一度たりとも「わたしの誤解かもしれませんが、社長の方針は間違っていると思います」という言葉は聞いたことがありません。誰もが「社長の方針は間違っている」というのです。
2つ目の教訓として言えることは、人は過去に一度も遭遇したことがないことに関しては、自動的に過去の枠組みに当てはめてしまい、無自覚に誤解・誤認してしまうということです。
例えば、現在爆発的にユーザー数を増やしている「Twitter(ツイッター)」に対して、「ああ、ブログの短いバージョンね」とか、「チャットを大勢でやるやつでしょ?」という理解にとどまってしまうのもその一例といえるでしょう。
人は自分が判断したものを現実だと思い込みしがみつきます。また、人は分からないことに遭遇したとき、過去のフィルターに当てはめて無自覚に誤解・誤認してしまいます。組織においても問題の「全体“象”」が不明で、真因が分からないまま応急処置に走るということが頻繁に起きているのです。
うさぎとアヒルという極めてシンプルで、目に見えることですら議論がすり合わないのであれば、経験を共有しておらず、立場もまったく異なる人ばかりの組織においては、認識がすり合っているというのは単なる幻想に過ぎないという前提に立つべきではないでしょうか。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授