秋には、夏の間は直射日光と大理石の照り返しで、強烈な日焼け場であった遺跡が見学のベストシーズンになる。イズミル周辺には、エフェソス、トロイ、ペルガモンやパムッカレ(ヒエラポリス)といった有名どころから、ツアー観光客があまり行かない、小規模ながら歴史の大舞台となった遺跡がいくつもある。それぞれの時代を反映した建造物やレリーフは、悠久の時の流れの中で古の人々も感じたであろう風の音や風景に思いをはせる機会を与えてくれる。
エーゲ海地方は、新約聖書の舞台となった地でもある。使徒パウロの足跡や、キリストの母マリアが晩年を過ごしたといわれる家の跡も、聖地として保存されている。トルコ語で「綿の城」を意味する石灰華段で有名なパムッカレ周辺をはじめ、遺跡付近には温泉地が多くあり、古代から人々が温泉の恩恵を受けていたことは想像に難くない。そして、遺跡の近くによいワインの生産地が多いのも特徴である。これも古代からブドウをはじめとする、各種果実の栽培に適した場所に、人々の生活拠点が築かれてきたことの現れだろう。
12月に入ると、さすがに気温は1桁台に下がる。とはいっても、時々、25度くらいになることもあり、半袖で歩いている人の姿も見掛ける。日によって気温差が大きく、着るものは夏物と冬物が交互に必要になるのには驚いた。今年は、2日間雪が降った。土曜日午前の授業中であった。教室の窓越しに降る南国の初雪を見たときには感動を覚えた。教室にいた学生も雪を見るのは数年振りとのことであった。南国イズミルを囲む山々の雪化粧は天からのクリスマスプレゼントのように思われた。
ところで、サンタクロースが現在のトルコ地中海地方出身で、キリスト教の司教であったことを知っているだろうか。4世紀頃の東ローマ帝国時代に実在した聖ニコラウスがその人である。この地方で貧しい人々や無実の人々を助けたという逸話が伝承されている。ちなみに、サンタクロースがプレゼントをもって煙突からやってくるという、子どもたちのドリームストーリーは、聖ニコラウスが困窮している家族の煙突に金貨を投げ入れたことが由来とされている。
この1年を振り返ると、イズミルには、東京とは全く異なるランドスケープ、ライフスタイルがあり、さまざまな経験をすることができた。日常生活と隣り合わせに雄大な自然があることは何物にも替え難い。人々は週末や休日ともなれば、手軽にマンガルを楽しみ、1時間ほど車を走らせてエーゲ海のビーチで1日中過ごすことができる。
東京にいたときは、限られた休日は翌週の仕事のために休息を取るという気持ちだったが、イズミルでは充実した週末を過ごすために、今週も仕事を頑張ろうという気分になる。仕事生活と個人生活はどちらも大切であるが、双方が補い合って、充実した日々を過ごせるのに越したことはない。
厳しい経済情勢の中、日本では余暇を過ごす経済的、心理的な余裕がなくなっているように思われる。しかし、こういう時だからこそ、むしろ家族で過ごす時間を持ち、仕事以外の人的ネットワークを広げることが大切なのではないだろうか。トルコでは、今まで通り変わらず、家族が一緒に過ごす時間を大切にしている。こうした個人の時間の使い方が仕事の活力となり、ひいては新しい視点や発想の拡大につながるのではないだろうか。
永井 裕久(ながい ひろひさ)
筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授(海外研修休業中)、イズミル経済大学大学院経営科学研究科教授。専門は、組織行動学、人材開発。現在、イズミル経済大学においてMBA講義科目(Dynamics of Organization, Leadership Seminar, Organizational Behavior)を担当する傍ら、アジアと欧州の研究者と連携して、グローバルリーダーシップ・コンピテンシーのメタ認知学習に関する国際比較プロジェクトを進めている。編著書に、『女性プロフェッショナルたちから学ぶキャリア形成』ナカニシヤ出版(2009),『パフォーマンスを生み出すグローバルリーダーの条件』白桃書房 (2005)他、共著書、学術論文多数。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授