異業種同士のジョイントベンチャーで市場の活性化を――ネットや携帯の広告市場を切り開いてきた電通デジタル・ホールディングスの藤田明久氏ビジネスイノベーターの群像(1/2 ページ)

ゼロの状態から新しい市場を開拓するときに生まれるイノベーションほど劇的なものはないだろう。それをインターネットや携帯電話の広告の分野で実践してきたのが、電通デジタル・ホールディングスの藤田専務だ。今の日本で新市場を切り開き、ビジネスを成功させるためのカギは何か。

» 2011年10月04日 08時00分 公開
[聞き手:浅井英二、文:大井明子,ITmedia]

ローリスクな日本型モデルで新しい市場を切り開く

電通デジタル・ホールディングスの藤田専務

 電通デジタル・ホールディングスは、電通グループにおけるデジタル領域の事業統括会社だ。現在、同社の取締役専務執行役員である藤田氏は、1996年に当時在籍していた電通から、電通とソフトバンクの合弁会社で日本初のインターネット専門広告会社、サイバー・コミュニケーションズ(以下cci)に取締役として設立から参画。そして2000年には34歳にしてNTTドコモと電通の合弁会社であるディーツー コミュニケーションズ(以下D2C)の初代社長に就任した。その後、急速に普及する携帯電話サイト向けの広告やマーケティング市場をいち早く開拓し、世界に先駆けてビジネスとして成立させた立役者だ。

 藤田氏はこうして電通という大企業に入社しながら、他社との合弁会社設立に次々と参画。その時代にはまだ存在しない新市場を開拓し、業界をリードするという実績を重ねてきた。こうした経験から藤田氏は、「新しい市場を切り開くためには異なる業界の企業が手を組み、ジョイントベンチャーを立ち上げて取り組むやり方が適している」と考える。

 一般的に新市場を開拓するとなると、起業という手段が思い浮かぶ。「しかし最近、講演や授業で大学生と話をしてみると、非常に自信がない。起業なんて考えたことがない、やり方も分からないし自分とは無関係、といった反応がほとんど」と藤田氏は嘆く。

 起業意欲が低い一方で、「インキュベーション(起業支援)する人は増えている」と藤田氏は語る。それに最近は、ITシステムひとつとっても、大きな設備投資をして開発し所有する必要はなく、安価かつ手軽に利用できるクラウドサービスが多数ある。起業に対するハードルが下がっているうえ、起業家への支援や投資意欲は高い。電通デジタル・ホールディングスも、軌道に乗り始めたベンチャー企業が、さらに大きくなりたいというときに資金面に加え、マーケティングや広告ビジネスなどのノウハウをサポートするベンチャーキャピタル。「起業支援の環境は整っているのに起業意欲が足りないのでは、サポートしようがない」と藤田氏は話す。

 しかし、日本の若者の中にも課題や潜在ニーズが「見えちゃった人」や解決のアイデアを「思いついちゃった人」が、たくさんいるはず。であるとしたら、起業のようなハイリスク、ハイリターンな手法も良いが、ローリターンでもローリスクでアイデアをスピーディーに具現化する方法があれば、もっと多くの人のアイデアがビジネスになっていく。その方法の一つがジョイントベンチャーだと藤田氏は主張する。「ジョイントベンチャーなら失敗してもそうはクビにはならない。日本の情勢に合致した起業法ではないだろうか。」

多様性あるチームでないとイノベーションは起きない

 「大企業で働くことの良さは、人が多い分必ず自分の仕事を見てくれている人がどこかにいること。それから、さまざまな部署でさまざまな動きが起こっているのでニーズを見つけ出すチャンスも多い」(藤田氏)

 実際、藤田氏の場合も、電通に入社後、新聞局のスタッフ部門に配属になった。当時、まだパソコンが珍しかった時代のオフィスで、器用に使いこなす藤田氏を見ていた人がいた。その人から、「パソコンに詳しい」という理由だけで、電子新聞のプロトタイプを作成するプロジェクトに参加するよう促される。1990年代前半、「インターネット前夜」のことだ。

 このプロジェクトへの参加がきっかけとなり、チャンスが広がった。大手新聞社のWebサイト立ち上げに次々と携わり、インターネット広告の営業も担当した藤田氏は、日本で初めてインターネット広告を専業とするcciに役員として設立から参画することとなった。

 「大企業なら社内プロジェクトを立ち上げ、社内の応援団を増やして成長する方法もあった」と藤田氏は話す。しかし、社内プロジェクトの場合、どうしてもメンバーは兼任が中心になるので、新市場の開拓に何より重要なスピード感を持って事業を立ち上げるのに必要なリソースを確保するのが難しい。また、大企業という組織の中にあっては、小回りの利く機動力もそがれてしまいがちだ。

 「全く新しい市場を開拓する場合には、会社の外にチームを置き、集中できる環境でスピード感を持って取り組む体制にすべき」とcciでの経験をもとに藤田氏は強調する。加えて必要なのは、プロジェクト参画者の多様性だ。

 「消費者のニーズは多様化し、社会は複雑化しているのに、1社で取り組むだけでは従来の延長線上の発想しか生まれない。新市場に対する多様な情報の入手も重要。異なる視野を持った人が集まり、アイデアを組み合わせないとイノベーションは起きない」(藤田氏)

 ここで異業種同士のジョイントベンチャーの強みが生まれるのだ。cciの場合は、電通という「広告のプロ」と、ソフトバンクという「インターネットのプロ」が手を組み、双方から専門家が集まることで、インターネット広告という市場をスピーディーに開拓した。D2Cでは、「広告のプロ」電通と「モバイルのプロ」NTTドコモの人材が一体となって取り組みモバイル広告市場を切り開くことができた。

 「固定化した顔ぶれだとアイデアは煮詰まってしまう。良質で異質な人が混ざり合い、同じ目標に向かって思いを一つにすることで、市場創造チームは活性化し機能する」(藤田氏)

 しかし一方で、大企業ならではのリスクも存在する。本業の業績が厳しくなると、まだ軌道に乗っていない新規事業は真っ先に縮小の対象になってしまう。「特にジョイントベンチャーの場合は、スタートしたばかりのタイミングで片方が引き上げてしまったら行き詰まる。対策は、とにかくスピードアップ。早く結果を出すことが重要だ。3年なら3年と、期限を区切ってメリハリをつけて取り組むことが必要だろう」(藤田氏)

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