劣化する政治、劣化する官僚藤田正美の「まるごとオブザーバー」

このままだと日本が沈没する日はそう遠くはない。もちろん国であるから沈没してなくなってしまうわけではないが、その時には、国民はすべての痛みを引き受けることになる。

» 2012年05月28日 14時50分 公開
[藤田正美(フリージャーナリスト),ITmedia]

 国会で続く消費税増税法案。今国会の会期末6月21日までに成立することはもちろん無理だが、会期を延長してもどうなるか先が見えない。この法案の行方を注目しているのは日本国民だけではない。世界の政治家、投資家やメディア、そしてもちろん格付け会社も注目している。格付け会社のひとつフィッチは、すでに増税法案の成立が遅れれば日本の格付けをさらに引き下げるとした。

 しかし「決められない政治」はいっこうに改善していないかのようだ。だいたい民主党の代表で総理大臣である野田氏が、党内反対派の領袖と会談できるように幹事長に指示というか依頼するということがそもそも変だ。

 最近、よく国会における法案成立率が話題になる。参院で与党が過半数をもっていないから仕方がないともいえるが、実際には与党が過半数を占めていた鳩山内閣の法案成立率は、過去に例がないほど低かった。何せ半分ほどしか成立しなかったのだが、その理由は、与党内で「俺は聞いていない」式の反発が強かったせいだと言う。

 つまりは政党のガバナンスの問題なのである。今回の小沢問題も、ガバナンスがしっかりしていれば幹事長が走り回るほどの話ではなかったはず。そして小沢氏から足元を見られて「私の基本姿勢は変わらないから、話し合っても平行線かも」などと言われてしまう。自民党や公明党に秋波を送っても、小沢さんを何とかしろと返されてしまう。命を懸けるという野田首相の意気込みとは裏腹に、さっぱり先の見えない状況にある。

 政治が劣化する最大の理由は、どうも選挙が多すぎるというところにあるようだ。衆議院が4年に一度、参議院が3年に一度、それに地方選とあって、何だかほぼ毎年重要な選挙が行われているような気がする。その度に「民意」が反映されるわけで、それが政治家の気持ちを揺さぶる。例えば、消費税増税をどう考えているかという民意が正確に反映されるわけではないのに、政権与党が負けると、政府は何となく腰砕け気味になる。民意の右往左往につられて政党が右往左往するから、結局は何も決められない状態が続くというのである。

 選挙は政治家を腰砕けにするばかりではない。官僚もまた選挙によって政権交代が起きると思えば、責任をもった政策の立案ができない。子供手当などがそのいい例である。せっかくいろいろ努力をしてそれなりに整合性のある制度をつくっても、それは選挙の結果によってあっという間にひっくり返ってしまう。そして政治家が「官僚を信用しない」などと公言すると、いったい誰の指示に従って動けばいいのか分からないことになる。まるで気まぐれな上司に悩まされる部下のようだ。

 2009年に民主党が政権を取って以来、この官僚の劣化ぶりが目立っているのだという。もっとも政治家が官僚をうまく使えないというところだけに問題があるわけではない。官僚制度自体にも問題はあるだろう。

 日本は今、高齢化社会そして人口減少という意味で、世界の最先端を走っている。この日本がどのようにして経済力を保っていくのかは世界が注目している。何せ歴史上例のない壮大な社会実験であるからだ。

 官僚は政策を立案するシンクタンクのようなものだが、この日本のような状況に置かれたのは初めてだ。これまでいろいろなところで、日本の前に先進国がいたが、今は誰もいない。そういった中で新しい政策を練り上げるということは往々にしてこれまでの政策の否定であることも多い。それは当然である。従来の政策は、自然に人口が増え、GDP(国内総生産)が増えていく中での産業の高度化であったり、産業構造の変換であった。エネルギーでも原子力依存度を高めるという方向性は、エネルギー消費が増加する中での切り札と考えられていたからである。

 ところが現実の日本では事情は一変している。GDPは増えず、人口は減少し、エネルギーでは原子力がほぼ使えない状況に追い込まれている。企業は日本から逃げ出し、つれて雇用も減少している。東日本大震災で破壊された村や町は、元に戻ることすらできないかもしれない。雇用がないために若い人たちが流出しているからだ。瓦礫の処理ひとつとっても、従来の枠組みで処理しきれないために、政府は自治体に協力を呼びかけるだけで、いわゆる「広域処理」はいっこうに進まない。

 つまり官僚はあちらこちらの利害を調整することに追われ、さらに新しいことをやろうとすれば、これまでの組織の論理とはかけ離れた「先輩批判」をやらなければならず、あちこちで行き詰まっているように見える。そこに官僚を「信用しない」とする政治家がトップに座れば、官僚が何もしなくなることは明らかだ。

 官僚がスローダウンすると政治家は何もできない。現在の野田政権が、消費増税ばかりに熱心なように見えるのも、増税だけは何とかしないと日本の借金がもたないと考える財務省が強力に後押しをしているからだ。社会保障と税の一体改革といいながら、給付制限という痛みを国民に押しつけなければならない厚生労働省などは、なかなかその案を出し切れない。政治家は、むしろ社会保障を厚くする部分ばかりを言いたがる始末である。

 このままだと日本が沈没する日はそう遠くはない。もちろん国であるから沈没してなくなってしまうわけではないが、その時には、国民はすべての痛みを引き受けることになる。緊縮財政による景気の悪化、為替安によるインフレ、そして社会保障の大幅カット、増税などなど、それが一挙に押し寄せれば国民の間に不安と不満が高まることは明らかだ。

 そうなる前に、何とかこの「劣化」を食い止めなければならない。しかし、官僚の劣化はともかく、政治を劣化させた責任は、われわれ有権者にもあるということもまず考えなければなるまい。

著者プロフィール

藤田正美(ふじた まさよし)

『ニューズウィーク日本版』元編集長。1948年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、『週刊東洋経済』の記者・編集者として14年間の経験を積む。85年に「よりグローバルな視点」を求めて『ニューズウィーク日本版』創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年同誌編集長。2001年〜2004年3月同誌編集主幹。インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテータとして出演。2004年4月からはフリーランスとして現在に至る。


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