統一通貨ユーロに加盟している17カ国の首脳にとっては、眠れない夜が続いているかもしれない。
統一通貨ユーロに加盟している17カ国の首脳にとっては、眠れない夜が続いているかもしれない。10月26日には実に10時間にも及ぶマラソン会議。ギリシャ危機に対応してEFSF(欧州金融安定基金)の資金拡充やら民間銀行が保有するギリシャ国債の50%償却(要するに銀行がギリシャの借金を半分棒引きにするということだ)、銀行の資本増強などなどの安定化策を決めた。
しかしそれで落ち着くこともなく、ギリシャ、イタリアそしてスペインと政権が交代した。イタリアなどは、金融市場からの圧力に耐えかねて、当時のベルルスコーニ首相は「辞める」と言わざるをえなくなった(そうしないとイタリアは国債を借り換えるときに持続不可能な金利を払わなければならないからだ)。
それでもヨーロッパの金融市場は落ち着かない。23日にはドイツの国債が札割れ(政府が調達しようとしていた金額に入札が届かなかった)があって、急速に懸念が高まったのである。ドイツのような「優良国」までもが資金調達に苦労するということは、世界の資金がヨーロッパから逃げ出しているということを意味するからだ。
実際、EU加盟国ではあるが統一通貨ユーロには入っていないイギリスでは、国内大手銀行がいわゆる周縁国(ギリシャ、スペイン、イタリア、ポルトガルなど)の銀行への融資を7〜9月で4分の1もカットした。最大手のHSBCは残高を40%も減らしたという。もちろんこうした動きはイギリスだけではあるまい。日本でも投信がこれらの国の国債をすっかり手放したというような話が伝わっている。
一番の問題は、これから先、どうなるのかということだ。ヨーロッパから逃げ出そうとする資金を引きとめることができるかどうか、それが第一の難問である。そのために必要なことは、EUやユーロ圏の国々は、何としてでもイタリアやスペインといった巨額の債務を抱えている国を救うという政治的ない決断をすることだ。そしてそのためにはEFSFの資金を拡充するだけではなく、ECB(欧州中央銀行)がほぼ無制限に巨額の債務を抱えて市場から見放されている国の国債を買い入れるかどうかが問われている。
もちろん中央銀行が国の債務を市場からでも「無制限」に買い入れるというのは、中央銀行の常識に反している。日本で考えて見れば、国債を刷れば日銀がそれを日銀券に換えてくれるようなものだ。それでは財政規律も何もあったものではないし、いったんは流動性の危機を乗り切っても、次はハイパーインフレに襲われるかもしれない。通貨の価値を維持するのが仕事である中央銀行が、国に対する「最後の貸し手」になってはならないというのが原則だ。ドイツはこのアイディアには強硬に反対している。トリシェ総裁からECBトップの座を引き継いだマリオ・ドラギ氏(前職はイタリア中央銀行総裁)も、このECBの信用が傷つけば、結局、そのほうが将来のコストは大きいと語っている。
ECBを危機対応に積極的に使うべきだと主張しているのはフランスだ。その理由ははっきりしていると思う。フランスは現在トリプルAの格付けだが、格付け会社S&Pは格下げを示唆している。もしフランスが周縁国への支援で巨額の資金を拠出するようなことになったら、その資金手当を国債に頼ることになって、格下げになってしまうという危機感がある。フランスはそれでなくてもドイツの倍近い金利を払って資金調達をしているだけに、格下げは何としても避けたいというのが本音だろう(ユーロに加入していないイギリスもECBを積極活用せよという立場だが、これはイギリスに飛び火させるなということであるようだ)。
もう一つのアイディアはユーロ共通債という考え方だ。要するに、ユーロとして債券を発行し、その資金を必要な国に回すというのである。こうすればイタリアやスペインは現在よりも相当安く資金調達することができることになる。ただこうなると財政規律を守るというユーロ圏の約束は事実上反故にされることになるという反論もある。
ただそれでは統一通貨ユーロを放棄できるかということになると、それに伴って世界経済が大混乱に陥ることは必至だ。もしそれを避けようとすれば、共通債も含む、統一財政という考え方を取り入れて実行するしかないのかもしれない。ただその政治的リスクは大きいし、誰が(どの国が)リーダーシップを取るかも大問題だ。1999年に始まった通貨統合という大実験は、前に進むのか、頓挫するのか、いま重大な岐路に立たされている。
藤田正美(ふじた まさよし)
『ニューズウィーク日本版』元編集長。1948年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、『週刊東洋経済』の記者・編集者として14年間の経験を積む。85年に「よりグローバルな視点」を求めて『ニューズウィーク日本版』創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年同誌編集長。2001年〜2004年3月同誌編集主幹。インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテータとして出演。2004年4月からはフリーランスとして現在に至る。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授