携帯電話で送金、インターネットでTV電話、カラフルなエコカーの人気、家庭での太陽光発電。これらはすべて「新興国」と呼ばれる国々の日常だ。新興国の捉え方に誤解はないか。
携帯電話で取引先に送金、インターネットでTV電話、カラフルなエコカーの人気、家庭での太陽光発電。一読すると最先端のライフスタイルかのように思える出来事は、すべて「新興国」と呼ばれる国々で日常的におきている。
国内市場が停滞する中、新興国に注目が集まって久しい。それにも関わらず、新興国、とりわけ南アジア以西のインドやアフリカといった市場に対するイメージにはいまだに誤解があるのではないだろうか。日本企業が消費者の購買力や
事業リスクを理由に進出を躊躇している間に、これらの市場を巡ってアジア、欧米企業の熾烈な競争が始まっている。本稿では、新興国市場の実態を紹介するとともに、日本企業にとっての事業機会について考えたい。
2011年に世界の人口は70億人を突破した。国連の予測によると、2030年には80億人に達するという。そして増加人口のうち、実に95%が新興国におけるものである。前号の視点でご紹介したように、ローランド・ベルガーでは、2030年までのGDP成長の70%が新興国、30%が先進国からもたらされると予想している。人口80億人の様変わりした社会において、これまでの「新興国」に対する常識やイメージに縛られていては、グローバルでの激しい競争から取り残されてしまうだろう。
冒頭のストーリーはすべて執筆者が新興国とよばれる国々で実際に目にしてきたことである。ケニアで自営業を営むAさんは銀行口座を持たないが、取引先への送金は携帯で行っている。ラオスに暮らす母親の誕生日を祝うため、中国に働きに出ているBさんはSkypeを使ってバースデーソングを送った。インドネシアでは極度の渋滞が慢性化しており、政府はエコカー政策に力を入れている。計画停電が定期的に行われるインドでは病院や工業団地に自家発電設備が置かれ、多くの家庭にソーラーランタンが配備されている。バングラデシュの市場では多少高くとも無農薬野菜が人気だ。
いわゆる新興国と呼ばれる国々に暮らす消費者の平均年収は日本の30〜60年前の水準である。日本は高度経済成長期に徐々に収入レベルを上げ先進国の仲間入りを果たした。経済発展を支えるかのように技術発展も同時に進んだ。収入が増えるにつれ、人々は家電を購入し、自動車を購入し、コンピューターを手にするようになった。これに対し、新興国では、消費行動や生活様式を効率的にサポートする技術が消費者の収入の成熟を待たずに発展を遂げている。そしてその代償として背負うべき環境意識とともに、グローバル化の恩恵で農村の隅々にまで浸透している。新興国における発展は一足飛びに進んでいるのである。
日本企業は、新興国について遠い将来の市場、自社の顧客ターゲットとなりえない恵まれない人々が暮らす市場と感じているケースが多いのではないだろうか。新興国はリスクが大きく、支援の対象となるべき人々が存在するという側面も紛れもない事実だ。しかし、その一方で明日、来年の発展を信じて積極的に消費活動を行い、テクノロジーを使いこなす、たくましい消費者がいるというのも、また、ゆるぎない事実である。
イメージの中の消費者像を通じて真のニーズを捉えないままに、事業展開の判断を行うことにより、これまで築き上げてきた日本企業の強みが宝の持ち腐れになってしまいかねない。
誤解(1)新興国の消費者には購買力がない
新興国に対するひとつめの大きな誤解は、購買力に関するものである。日本企業の多くが消費者の購買力を過小評価し、ターゲットを富裕層に絞っているのではないだろうか。例えば、年収80万円の消費者は自動車を購入するであろうか? また、年収30万円の家族は子どもを学習塾に通わせるであろうか? 収入の見込みがない人は携帯電話を購入するであろうか? 答えはすべて正である。
新興国消費者の購買行動は、われわれの想定とは大きく異なっている。日本で暮らす場合、生涯における収入にはある程度の目処がたっている。住居費、食費、光熱費など生活に必要な一定の額を除いて貯蓄や趣味の購入に割り当てていくと考えるのではないだろうか。しかし、国の発展に伴い収入が右肩上がりに増えていくと信じる新興国の消費者は将来への投資をより重視する。
自動車を持つことで、自ら市場に野菜を売りに行けるようになり、よりよい稼ぎが得られるのであれば、農家は土地を売って得た資金を頭金にしてでも、長期ローンを組んで自動車を購入する。教育を得ることで子どもの将来が切り開けるのであれば、製糸業を営む大家族は、6畳一間で切り詰めて生活していても、長男を私立の学校に通わせる。難民キャンプに暮していても、遠く離れた家族とコミュニケーションをとるために、携帯電話は必須である。
年収情報をベースに新興国の消費者の購買力を測るのは大変危険であると考える。アフリカの藁葺きの家の床にもテレビがおいてあり、アジアの高床式の家の下にもバイクや自動車が駐車されている。新興国の消費者は年収に関わらず、将来のよりよい暮らしを実現するものに対して支出する。選択と集中を徹底し、ファイナンスを活用することで、収入と大差のない価格帯の商品であっても、いとわずに購入しているのである。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授