80億人市場に対する意識転換の必要性――新・新興国の実態と日本企業のチャンス視点(3/3 ページ)

» 2013年09月09日 08時00分 公開
[長島 聡、奥村 亜紀(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger
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2.新興国で活躍する外資企業

 日本企業がリスクや経験の無さを理由に後回しにしてきた新興国市場において現在健闘しているのは、アジア・欧 州 企 業である。中国やインド企業はチャンスがあれば、人員を即座に現地に送り込み、欧州企業は新興国との付き合いが長くM&Aに長けている。

 以下では、この10年で新興国において市場を形成してきた欧州、アジア企業の事例を紹介したい。いずれの企業も、消費者に手の届く価格帯を意識しながらも、最先端の技術力や安心のブランド構築、かゆいところに手の届くサービス提供を通じて急激な成長を遂げている。

事例(1)ボーダフォン(サファリコム)、M-PESA

 サファリコムは、アフリカ・ケニア最大の携帯電話会社である。ボーダフォンとケニア政府が共同出資し設立したサファリコムの売上は昨年度で約1000億円。加入者は1810万人を超え、実にケニアの人口の半数程度がサファリコムのサービスを利用している計算になる。サファリで暮らすマサイもスマートフォンを手にし、国立公園の真ん中にある充電施設で定期的に充電を行っている。

 携帯電話本体は、最も安価な機種であれば3000円程度、プリペイド式のカードは5円から入手可能である。携帯代を節約するためにワン切りを活用する消費者向けにコールバック専用の無償SNSサービスも実施している。ここまで聞いただけでは、通信費でどのように収益化するのかと疑問に思うかもしれない。

 サファリコムの収益を支えているのは、M-PESAという電子マネー送金システムである。Mはモバイル、PESAはスワヒリ語で金を意味する。利用者は取次店で携帯電話に現金をチャージし、受取人にSMSを送ることで送金ができるシステムだ。受取人は、サファリコムの取次店に行き本人確認を行うことで簡単にお金を引き出すことができる。銀行口座を持たないユーザーや、また現金を持ち歩くことに不安の多いユーザーの間で瞬く間に普及し、現在ではサファリコムユーザーの約8割がM-PESAを利用している。M-PESAはスラムを含むケニア全土に2万4000を越える取次店を展開。一般家屋の外壁に希望に応じてコーポレートカラーの緑のペイントを無償で施し、ブランド認知にもつとめている。

 サファリコムの成長を牽引してきたのは、南アフリカ出身のエンジニア、マイケル・ジョセフCEO(現取締役)だ。1.7万人だった加盟者数をわずか12年の間で1000倍にまで成長させた。現地ニーズに精通した40人のケニア人ITエンジニア部隊が日々アイディアを生み出し、意思決定権をCEOに集中する方式によってスピード感ある実行を実現。変化の激しい新興国市場において売上を拡大させてきた。10年余りで一企業の施策により国の携帯普及率を劇的に変化させたジョセフ氏は語る。

 「新興国市場はタフだ。しかし挑戦する価値はある。」

事例(2)現代自動車、KOLAO

 現代自動車の全販売台数600万台にしめる母国の比率は1割強に過ぎない。一方で、仕向け地別輸出台数を見てみると、米国・欧州を大きく引き離し、アフリカや南米、アジアといった新興国の比率が7割強を占める(2010年度)。現代自動車もサファリコム同様、新興国において、市場ニーズを捉えた商品を投入し、品質とデザイン性を兼ね備えた低価格モデル、積極的な広告宣伝、地方の開拓により急成長を遂げてきた。

 例えば、インドにおいては、40〜80万円台の主戦場に4モデルを集中投入し、市場環境や嗜好など現地ニーズを取り入れた改良を実施した。熱帯気候や未舗装の道路環境に応じて、エンジン冷却機能やエアコン性能の強化、ブレーキ機能の強化、サスペンションの補強、車体防水等を改善。また、ターバン用に天井を高くし、クラクションを頻繁に鳴らす運転手に応じてスイッチを多めに配した。欧州でも戦えるデザインにこだわり、ブランド露出の高いスポーツマーケティングに注力。ボリウッドスターをブランドイメージに起用し、知名度アップを図った。当初より地方に暮らす1億世帯をターゲットとして意識し、ディーラー網の整備や、地方銀行との提携によるオートローンなどを強化してきた。メーカーとしては異例の5年間/10万キロメートルの長期保証サービスをつけることで、リピート顧客育成にも抜かりがない。

 また、先行者利益の取り込みを掲げる現代自動車は、BRICsの先の国々においても、すでに事業を展開している。

 例えば、ラオスにおいては、現代自動車は、パートナーである韓国のKOLAOグループ傘下のもと、事業を展開している。KO(コリア)とLAO(ラオス)という意味を持つKOLAOグループは、官民連携した一大事業として成長を続け、今では国全体のGDPの5%を占めるまでになっている。

 1997年、29歳で韓国の大企業を飛び出しアジアに乗り出したKOLAO創始者のオ・セヨン会長は、中古車5台からわずか十数年で現代自動車をラオスNo.1の自動車企業に育て上げた。当時まだ自動車がわずかしか走っていなかったラオスにおいて、韓国と同じ左ハンドルの道路事情があることに着目。韓国から中古車を仕入れ、事業を開始した。政府の関税特権を得て価格競争力を手にし、自動車金融により販売を促進、アフターサービスの概念も根付かせた。今では、自動車学校から車検制度までをも一企業として実施、中古車禁止例を逆手に燃費のよい新車販売を促進する、一大国民車メーカーとなっている。

 しかし、KOLAOの事業は一筋縄で成長してきたわけではない。オ・セヨン会 長はかつて、ベトナムで現地パートナーに裏切られ、ASEANの加盟にともなう中古車輸入禁止措置によって倒産に追い込まれた経験を持つ。それでもあきらめずに、ラオスでゼロから道端に座って市場調査を行った彼は言う。

 「失敗から学ぶことのできない経営者は水際の子どもと一緒です。周りの忠告を聞こうともせず、情勢が変わっているということを見ようとしないためです。」

3.日本企業にチャンスはあるか〜結びにかえて

 アフリカの政府関係者の知人に日本の持つイメージを尋ねたところ「尊敬するが、重要でない」との回答が返ってきたことがある。いつまでも事前調査ばかりで意思決定を行わないというのだ。それに対して、アジアや欧米の企業はビジネスチャンスのあるところには時期を逃さず、まとまった投資を行い、きっちりと収益を持っていく、という。その一方で、日本の卓越した技術や品質に裏打ちされた製品は新興国において、いまだ憧れの対象となっている。家電などは中国・韓国勢に置き換わりつつあるものの、自動車やカメラなどは日本の技術力に対する信頼が高く、中古でも日本製という意識が強い。日本人の謙虚な姿勢、仕事への取組みから、日本に敬意をいだいているケースも多く、就職先として日本企業の人気も根強い。東日本大震災にあたって、新興国を含む163カ国から支援の申し出があったことは記憶に新しい。

 日本企業には、かつて経済成長期に築き上げてきた「Made in Japan」ブランドという大きな資産がある。新興国においてこのブランドイメージは有効である。ただし、現状のままでは、農村の奥まで商流をめぐらせる中国、インド、欧米企業の製品で育っていくであろう世代80億人が、日本ブランドに対し、近い将来、今と同じイメージを持ち続けているかどうかは定かでない。

 日本が新興国に進出するタイミングは「今」を逃してはないように考える。資産によって生み出されたイメージではなく、日本が今も実際に持ち続ける真の技術力、サービス精神は、80億人の市場をより豊かにするために貢献することだろう。そして、何より次の10年、20年も続く日本の活力につながると信じて止まない

著者プロフィール

長島 聡(Satoshi Nagashima)

ローランド・ベルガー シニアパートナー

早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、各務記念材料技術研究所助手を経て、ローランド・ベルガーに参画。工学博士自動車、ハイテク、家電、製薬などの業界を中心として、営業・マーケティング戦略、ロジスティクス戦略、事業・組織戦略など数多くのプロジェクトを手掛ける。現場を含む関係者全員の腹に落ちる戦略の実現を信条に「地に足が着いた」コンサルティングを志向。自動車グループの代表を務める。


著者プロフィール

奥村 亜紀(Aki Okumura)

ローランド・ベルガー シニア コンサルタント

早稲田大学政治経済学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。マザーハウス、国連UNHCR協会におけるアジア、アフリカなどでの業務を経て、復職。自動車、消費財、サービスなどを中心に幅広い業界において、成長戦略、海外進出戦略、営業・マーケティング戦略、企業ブランド構築戦略の立案および実行支援のプロジェクトを手掛ける。


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