入社したらまず10年後はどうなっていたいのか、人生の目標を設定する。具体的な目標が決まれば実現に向かって行動できる。会社は活躍の舞台を用意して社員を応援する。
飲食店向けに厨房機器・用品の販売をしている会社、テンポスバスターズの創業者であり、現在はステーキレストランチェーンを展開するあさくまの代表取締役社長を務める森下篤史氏。彼の経営において特徴的なのは、独自の哲学に基づく人事制度だ。社長の座をめぐって競い合う「社長の椅子争奪戦」はメディアにも取り上げられ話題になった。会社は社員の目標達成のための舞台だと森下氏はいう。ユニークな人事制度を支える独自のマネジメント哲学とはどのようなものだろうか。
中土井 森下さんはマネジメントにユニークな制度を取り入れているそうですが、具体的にはこれまでにどのような取組みをしてきたのですか。
森下 私は現在代表取締役社長を務めているステーキレストランチェーン「あさくま」の他に、あさくまの親会社であり、飲食店向けに厨房機器・用品の販売をしている「テンポスバスターズ」を創業し、経営をしてきました。その中で、社員それぞれが自分で考えて目標を設定し、やりたいことを実現する場を作りたいという思いから独自の制度を作り上げていきました。
テンポスバスターズでは、入社後すぐに、かなり具体的な人生設計をさせます。現状でどんな専門性を身に付けているのか、貯金はいくらあるのか、家族や友達とどのような関係を築いてきたのか、趣味は何かといったことなど、あらゆる現状を踏まえた上で、10年後にはどうなっていたいのかを描くのです。
何を成し遂げたいのかを具体的に考えさせ、目標を設定させます。家を建てたいという社員がいるなら、どこに建てるのか、どれくらいの大きさか、資金はいくら必要になるのか、ローンを組むなら金利はいくらなのかという細かなことまで考えさせ、実現に向かって行動を促します。
中土井 定年制度もないそうですね。何歳まで働くかも社員が自分で決めるのですか。
森下 そうです。定年を設定していないので、生涯現役で働きたいという人はそうすることができます。人生設計プランに沿って、あらゆることを自分で決めて行動できるように制度を整えています。
人生設計プランを描くと、それぞれが目指す働き方も明確になります。自己成長を第一にとらえ、厳しい道を選ぶ人もいるでしょうし、無理をするよりも、ある程度余裕のある働き方をしたいとプランを立てる人もいるでしょう。働き方として、上昇志向の強い激流コースと緩やかなコースのどちらかを選べるようにしています。激しいコースを選んだ社員には、厳しい道が待っており、手を抜くようなことは許されません。
社員が「店を持ちたい」という夢を持っていたとしたら、自己資金で足りない部分は会社で負担することもあり得ます。あさくまの店をやらせてみて、うまくいかなかった場合でも、会社が引き取ることもできます。自分で決めた目標に向かい、必死になっている社員には、会社としてできる限りのことをします。私は、社員自身が立てた目標達成のために会社という舞台を提供するのが社長の仕事と考えています。社員として忠実に働くことよりも独立することを望むのであれば、その人個人の考えに従い、価値ある人生を自分で作ってほしいのです。
中土井 森下さんのいう「価値ある人生」とはどのようなものなのですか。
森下 目標を持たず、自分で意思決定もせずに、毎日同じように指示されたことをその通りにやるのでは、囚人の生活と同じようなものです。社員たちには、そんな生き方をさせたくないんです。もし、そんな生き方をしている社員がいたら、それでいいのかと問いたくなりますね。自分で決めた目標に向かって仕事をして、理想の明日を作るために、今日何をするかを考えて行動することが、人間として生きている価値になるという考えなんです。
会社という舞台で、いかに踊るかは社員の自由。自分でどうなりたいのかを考え抜き、目標を設定すると、行動が明らかに変わってきます。目標をどこに設定するかで、やるべきことは全く変わってきます。
人間の尊厳はどこから生まれるのかと考えてみると、「明日(未来)があるかどうか」ということに行き着きます。動物には、目の前の「今」があるだけです。明日のことを考えて今を生きているのは、人間だけなんです。それなのに、意思決定することを放棄し、自覚のないまま動物の生き方をしている人がたくさんいます。せめて社員には自分の考えに基づいて目標を持ち、人間としての価値ある生き方をしてほしいので、それを後押しする仕組み作りを目指してきました。私たちの会社のユニークな人事制度はこういった考えから生まれています。
中土井 テンポスバスターズの制度で話題になった「社長の椅子争奪戦」も社員が活躍できる場作りの一環なんですね。
森下 テンポスバスターズでは、店長などの職種も立候補制にしています。職種だけでなく、勤務地を決めるのも、他の職種へ移るのも自分で決めます。しかし、社長はいつまでたっても変わらずに社長のまま。それでは面白くないと、社長の座も立候補制にして争奪戦にすることにしたんです。
新たに社員を採用したときも、配属決定会をして、まず社員自身に配属先を選んでもらうようにしています。配属決定会では、子会社の社長や事業部長、店長など約60人が集まり、彼らが自分の会社や店舗についてプレゼンをし、社員たちに選んでもらえるようアピールします。そのプレゼンを受け、社員は配属先を選び、その場で面接が始まります。配属先が60もあると、社員を採用できないところも出てくるので、採用される側よりも、採用する側の方が喜んでいたりするんですよ。
配属後、1年以上在籍すると、FA宣言をして、他のところへ移ることもできます。受け入れる側も1年が経過したら、社員をクビにすることができます。クビにされた社員は他の配属先へ移ることになります。ただ、初めからその人に適した職場であることなんてほぼないですし、都合よく求めている人材が来ることもありません。世の中、それが普通ですよね。
職場を選んだり、人を選んだりを繰り返しても、結局自分自身も努力しなければ満足することはないと気付くときがくるでしょう。他人にいわれても分かることではないので、自分で気付くまでは、自分の思う通りにFA宣言やクビ宣言をしていいとしているんです。無意味に移動を繰り返すとしても、自分で決めていることだから、それでいいとしています。私たちはいつも「自分で決めているか」ということを重要視しています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上
早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授