情報システムがオフィスに閉じていた時代と違い、多くの日本企業がグローバルに拠点を展開している。しかし「ITガバナンス」は、一筋縄ではいかない。クラウドファーストとグローバルITガバナンスの現実解を議論する。
「クラウド活用でグローバルITガバナンスの現実に挑む」をテーマに開催された「第43回 ITmedia エグゼクティブセミナー」の基調講演に、フジテック 常務執行役員 情報システム部長 CIOである友岡賢二氏が登場。「武闘派CIOに学ぶ クラウド活用でグローバルITガバナンスの現実解」をテーマに講演した。
友岡氏は、「ITガバナンスとは、企業が競争優位性の構築を目的として、IT戦略の策定および実行をコントロールし、あるべき方向へと導く組織能力である。企業の成長を支えるために欠かせないITガバナンスは、“ITサービスの実効支配”と“コンセンサスマネジメント”の問題であり、正解は各社各様で絶対的な正解はない」と話す。
企業のITガバナンスを駆動する3つの要素は、「マネジメント」「現場」「情シス」である。マネジメントは「組織」、現場は「プロセス」、情シスは「システム」である。この3つの要素をつなぐ、重要な役割がITガバナンスであり、プロセスとシステムが両輪となって組織をドライブさせることができる。
コンセンサスマネジメントは、「情緒の支配」が中心となり、トップダウンの「カリスマ型」、全員幸福になる「ウィン・ウィン型」、理性で乗り越える「理性昇華型」の3つに分類される。コンセンサスマネジメントとは、社内の民主主義の形を最適化することで、どうデザインするかでITガバナンスも具体的になる。
「個人的に、最も参考にしたのは、国連安全保障理事会で、中でも参考になったのは“拒否権”だ。民主主義において、拒否権は最高の権利であり、この仕組みを企業に取り入れるとどうなるかを模索してみた」(友岡氏)
コンセンサスマネジメントの成功法則としては、拒否権を明確に定義し、その権利を誰に与えるのかという意思決定のデザインが重要。拒否権を持たない場合、「エスカレーションプロセス」を用意し、拒否権を持つ全員が提案を審議し、結論を出す仕組みで信頼度を増すことができる。このとき、インフォーマルグループを意識することも重要になる。
「以前の職場で、グローバルの10拠点にERPを導入し、統合するときに、英国、仏国、独国に拒否権を与え、残り7カ国にエスカレーションプロセスを用意した。また英国、仏国、独国、それぞれに近い国でインフォーマルグループを意識させることで、スムーズなERP導入を実現することができた」(友岡氏)
実効支配とは、「ルールを作る」「ルールを順守する」というサイクルを回すことで実現する。企業に置き換えると、「情報企画」「ITサービス」のサイクルになる。さらに言い換えると、「言っていること」「やっていること」の「言行一致」である。企業には、本社の企画機能である情報企画と、全社のバックオフィスであるITサービスがある。「言っていること」は情報企画からの通達であり、「やっていること」は、ITサービスによる通達の実行である。
情報企画は全社に行きわたるが、ITサービスは一部に限られてしまうことが情報システム部門の課題である。ITサービスの実効支配が及ぶ範囲を拡大することが、ITガバナンスの実効支配能力の向上につながる。2010年ごろまでは、情シスは花形だったが、現在、情シスは不要といわれている。情シス不要論が出るのは、情シスが実効支配できているのが付加価値の低いERPの分野だけで、付加価値の高い研究開発やマーケティングの分野が実効支配できていないためである。
友岡氏は、「最大の理由は、日本には相変わらずCIOがいないことだ。また、これまで情シスは、外部ベンダーに丸投げだったことも理由の一つである」と語る。この丸投げ情シスの処方箋が「資源依存理論」である。資源依存への対抗策は、抑圧の軽減(新規ベンダーの開拓)、抑圧の取り込み(別企業の役員を取り込む)、抑圧の吸収(M&A)の3つ。友岡氏は、「3つのどれかを選んで、実効支配を向上させることが必要だ」と言う。
友岡氏は、「速い、安い、うまいのクラウドは、ITの実効支配を高める絶好のチャンス。会社全体に広がる小さなIT機器やサービスをクラウドに集めることでITの実効支配能力を高めることが必要。また、拒否権を巧みに委譲し、コンセンサスを理性的に作り出す意思決定システムを構築することも重要になる」と締めくくった。
特別講演には、ローランド・ベルガー シニアパートナー アジアジャパンデスク統括の山邉圭介氏が登場。「ASEAN市場の魅力と勝てる戦略」をテーマに講演した。ローランド・ベルガーは、ドイツに本拠を置く経営戦略コンサルティング会社である。山邉氏はシンガポールに常駐し、アジアに進出する日本企業の事業戦略をサポートしている。
ASEANは、成長市場ではあるが、各国で異なる顔を持っており、ひとくくりでとらえるには難しい市場である。GDP(国内総生産)も、人口も、文化も違う国が1つの地域に集まっている。例えば、ビールの消費においても、外食文化や宗教、性別などにより飲み方が大きく異なっており、1つの国の中でも地域や所得層により細分化されている。
「これまで日系企業は、各国における顧客ニーズを掘り下げ、現地にニーズに即した商品開発に注力してきた。例えば、テレビは電力事情や宗教に合わせた仕様に、冷蔵庫は飲料スペースやフリーザーを大型に、洗浄便座は電源の不要な水圧式に、殺虫剤は日本より10倍強力に、洗濯用洗剤は各国の水に合わせた成分にといった具合だ」(山邉氏)。
ASEANでは、市場の総取りをすることは難しく、細かく分析し、見える化することが戦うための重要なポイントになる。また、不確実性が高く、先が読みにくいことも特徴の一つ。AECなどの国際協定や産業の高付加価値化、デジタル化、政治、政策、規制、インフラ投資、エネルギー需給のバランスなど変化のインパクトが大きい。
中でも、ローカル財閥の拡大や躍進が、ASEAN市場の動きを読むための重要な指標となる。ASEANは、地場のビジネスの多くを巨大財閥が牛耳っており、ローカル財閥の動き方次第で市場の方向性も、政治、政策も大きく変化する。逆に、ローカル財閥の動きに、十分に注意しておけば、市場の動きを予測することができる。
もうひとつ、ASEANの特徴といえるのが、急速なデジタル化である。山邉氏は、「インターネット、SNS、携帯電話の普及率全てで急速に拡大しており、過去3年で20ポイント以上増えている。銀行口座も、クレジットカードも、冷蔵庫も、洗濯機も、PCも持っていないが、携帯電話は1人1台持っている状況だ」と話す。
インターネットへのアクセスのほとんどがスマートフォンからで、その一環として、EC市場が急速に拡大し、さらにモバイルペイメントや物流の分野も急激に伸びている。特に物流分野では、ライドシェアの市場が圧倒的なスピードで形成され、物流を含む新たな都市交通インフラとして確立されている。
ライドシェアの普及に伴い、新たな事業機会も生まれている。例えば、ASEAN以外の国では、自動車を持っている人が余剰時間にライドシェアを行うが、ASEANではライドシェアのために自動車を購入する。また、モバイルペイメントの普及により、物流、異動、ショッピングなど、さまざまなサービスを展開。独自の経済圏を構築しつつある。
山邉氏は、「ASEANには、デジタル技術を活用した新しい取り組みを推進する環境が整っている。ゼロから市場を作ることができるので一気に進んでいく。ASEANは、多様で複雑、かつ不確実性の高い、戦略の質が問われる市場だが、一方で非常に魅力的で面白い市場である。重要なのは、市場の見える化と先読みであり、デジタル化とスピードだ。日本もまだまだ巻き返しを図る機会はあると感じているので、皆さん頑張りましょう」とエールを送った。
セッション1には、HDE クラウドセールス&マーケティングディビジョン ハイタッチセールス 製造業担当 アカウントマネージャーである山本洋平氏が登場。「クラウドサービスで実現する働き方改革 〜HDEの事例ご紹介〜」をテーマに講演した。HDEは、1996年に設立されたクラウドサービス企業である。
「2011年にクラウドセキュリティサービスである“HDE ONE”の提供を開始したことで、会社取り巻く環境が大きく変化した。これまで、Linuxを中心としたシステム開発が事業の中心だったので、オンプレミスでも問題なかった。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災が大きな転機となった。震災でサーバラックが倒れ、業務はできなくなったが、インターネットはつながっていたので、社長がSNSで社員の安否を確認したことが、クラウドファーストのきっかけになった。現在、クラウドサービスは、BCP対策や導入・運用コストの低減、構築期間の短縮などはもちろん、テレワークや働き方改革に対する期待値が増えている」(山本氏)
HDE ONEの提供により、業績は右肩上がりだったが、技術者の採用に苦戦していた。そこで、クラウドサービスなどのデジタル技術を積極的に活用し、在宅勤務や時短勤務など、柔軟な勤務・就業形態にチャレンジしている。その一方で、アナログ感も大事にしており、会社の費用で「コミュニケーションランチ」のような取り組みも推進している。
また外国人も積極的に採用し、事業をグローバルに展開。現在、社員150人中30人が外国人で、2016年10月から会社の公用語を英語に変更している。山本氏は、「HDEはITの会社だからできたといわれることもある。しかし21年前にパソコン教室からスタートし、変化を柔軟に受け入れることで強くなったのがHDEという会社だ」と話している。
セッション2には、インフォアジャパン チーフカスタマーオフィサーである新造宗三郎氏が登場。「クラウドERP導入のチェックリスト」をテーマに講演した。新造氏は、「不動産の賃貸契約や自動車のレンタル、ITハードウェアのリース、ソフトウェア使用権の購入、洋服のレンタルなど、あらゆる分野で所有から利用へと変遷している」と話す。
クラウドERPがもたらすメリットは、
(1)変化に迅速に対応する俊敏性の強化
(2)スピード、コスト、セキュリティなどの業務上の課題とユーザーエクスペリエンス、リソース、統合性などテクノロジーの課題を克服
(3)正確な情報のリアルタイムな提供
(4)導入プロジェクトの改善
(5)TCO(総保有コスト)の低減の5つである。
クラウドERPはすでに現実的になってきており、インフォアの取り組みとしては、過去12カ月で176種類の新製品のリリース、6431種類の統合用インタフェースの追加、6259種類の新機能の追加などがある。現在、クラウドで利用できる業界特化型のソリューションや人工知能(AI)による自動化の分野に注力している。
また、5年前に発足したHOOK & LOOPというデザインエイジェンシーでは、ERPの洗練性やユーザーエクスペリエンスの向上などに取り組んでいる。クラウドERPの導入においては、アプリケーションの適合性が最も重要なポイント。また、変化対応性、運用性、安全性、ネットワーク、費用、サポート体制などをチェックすることが必要である。
新造氏は「クラウドの推進は、組織に大きな変化を伴うので、教育と啓蒙(けいもう)が必要。また、ネットワーク接続が前提なので、ネットワークも重要になる。さらに、仕事のやり方、考え方を変えることが大きなチャレンジ。できない言い訳を探すのではなく、自らに限界を設けることなく、まずはクラウドに取り組んでみることが重要になる」と話している。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授