ASEANキャッシュレス決済がもたらす機会と脅威飛躍(4/5 ページ)

» 2019年10月23日 07時27分 公開
[下村健一ITmedia]
Roland Berger

 その覇権をASEANへとじりじりと南方へ拡げようとしているのが今である。ASEAN各国の店舗のレジ横でAlipay、WeChat PayのQRコードを見ることも多いのではないだろうか。現状は、ASEANへ旅行する中国人に向けた決済であるが、中国人旅行者向けであろうと一度面を取ってしまえばローカル消費者も使うQRコードのインフラになり得る。アリババ、テンセントがそれを狙っていることは明らかだ。

 また、別の側面の話になるため詳細には入らないが、アリババがASEAN版のAmazonであるLAZADAの買収、シンガポールの割引アプリFaveとの提携、マレーシアのプリペイドカード決済のTouch'n Goとの提携など、ASEANへの注力を多方面で進めていることは有名である。単にキャッシュレス決済を抑えるだけではなく、ASEAN消費市場のデジタリゼーションでの支配権を包括的に握ろうとしているのだ。

1、3 ASEAN各国のキャッシュレス決済ステージ

 以上、ここまででASEANキャッシュレス決済の特徴とプレイヤーの概観を見てきたが、それらを踏まえて本章の最後に国による特徴をいくつか簡単に示す。

 シンガポール、マレーシアはASEANの中でもカード決済が普及している。例えばスーパーなどでの買い物にはクレジットカードが使われることが多く、キャッシュ支払いにおける煩わしさという観点では既に一定程度、解消されており、キャッシュレス化のモチベーションが他国よりは上がりづらいマーケットともいえるかもしれない。

 一方で、インドネシアは本稿前半でも触れたが消費者購買に占めるクレジットカードや銀行口座といった金融アクセシビリティは最も低い中、電子決済の割合が実は最も高い。他業界でもよくある状況だが、いわゆるレガシーのサービスが確立していない国のほうが新しいサービスによるディスラプトが起こりやすいことを如実に示している。インドネシアのキャッシュレス決済をけん引したのが、Go-Payという非金融系プレイヤーである点もそれを物語っている。

 その観点で言えば、ベトナム、フィリピンも今後の進展は期待できるだろう。まだカード決済が消費者の中で確立していない中、リープフロッグ的に電子決済に舵を切る可能性は高い。特にベトナムは南部のホーチミンでキャッシュレス決済を含めたコンシューマー・デジタライゼーションが一気に進み始めている。

 タイはASEANの中では判断が難しい位置付けかもしれない。中進国のわなから抜け出したいタイも国家戦略の一つとしてデジタル化を掲げており、その文脈では電子決済をトップダウン的に推し進めていく可能性は高い。他方、既に銀行口座の保有率が高い中、その状況を生かして別の形で決済が進化していく可能性もある。

 このようにASEANといっても国毎によって、背景となる現在の決済状況や政府の推進度合い、規制、そしてプレイヤーの顔ぶれはそれぞれで異なっているため、十把ひとからげに語ることは難しい。ASEANにおけるキャッシュレス決済の統一規格が目指されているとはいえ、日系企業はASEAN全体を包括的に捉えるのではなく、個々の国に応じた戦略を検討していかなければならない。非効率に見えてもそれが最も効果的なアプローチだと考える。本稿はまずはASEANキャッシュレス決済の概観を示すこととしているが、個々のマーケットにおけるプランニングに資するためにも国別の詳細についてもはまたの機会に触れていきたい。

2、日系企業が検討すべき論点

 ASEANキャッシュレス決済の主導権を握るのはGrabといったローカルプレイヤーか、もしくはアリババ、テンセントなどの中国ジャイアントか。ここに答えを出すのは現時点では難しいかもしれないが、いずれにしてもあと数年でASEANにキャッシュレス決済が根付くことはほぼ間違いないと言っていいだろう。

 では、キャッシュレス決済が浸透すると、ASEANで事業展開している、もしくは今後ASEANに進出しようとする日系企業(特に消費財企業、サービス企業)にとってどのような影響がもたらされるだろうか。ポジティブなものもネガティブなものも含め、ここでは大きく4つの論点についてを考察したい。

2、1 パートナリングによる商品開発/マーケティング

 まず始めに考えられる単純なこととしては、どのキャッシュレス決済プレイヤーと組むかという論点だ。特に消費財系企業にとって重要なトピックになるだろう。比較すべきはキャッシュレスインフラの利便性やユーザー数の多さだけではない。キャッシュレス決済プレイヤーが持つ消費者の購買ビッグデータを活用した商品開発やマーケティングを可能とすることも考えると、その効果を最大化するためには、どういったセグメントのユーザーを持つキャッシュレス決済プレイヤーと組むかはより重要な論点となる。

 実際、このようなパートナリングはアジア内でも既に始まっている。例えば、資生堂とアリババは2019年に入って戦略業務提携を発表した。「資生堂×アリババ戦略提携オフィス」を立ち上げ、既存商品の改良や新ブランドのローンチ、そしてそれらを売るためのマーケティングを共同で行う。資生堂がこのパートナリングで期待するものとしてはアリババが持つ莫大な消費者のデータである。これらを駆使して中国市場の本当の意味での攻略を狙っていくという。

 海外という、日系企業が本質的には捉えにくい現地ニーズについても現地消費者のデータがあれば、より簡単に、より精度高く収集・分析することができる。特に多様性がキーとなるASEANにおいて、的確に消費者ニーズを捉えていくためには、日系消費財/サービス企業にとってキャッシュレス決済プレイヤーとのパートナリングは早晩必須になってくるかもしれない。

2、2 キャッシュレス決済プレイヤーによるPB展開

 前項の論点について、ネガティブサイドとして言及すべきは、キャッシュレス決済プレイヤーによるPB展開だろう。キャッシュレス決済プレイヤーが持つ膨大な購買データをパートナリングによってうまく活用できればいい。しかし、キャッシュレス決済プレイヤーがこのビッグデータを独占し、これらを活用してPB展開をしてくるとなるとどうだろうか。ASEAN現地でシェアを持つ日系のトイレタリーを中心とした消費財企業にとって脅威になるはずだ。

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