昨今のESG投資への注目は、環境問題、人権問題、ダイバーシティ、企業経営の透明性(コーポレートガバナンス)などに積極的に取り組む企業の方が中長期的に成長してキャピタルゲインが得られるとの見立てがあるからだ。逆にESGに積極的に取り組まない企業は、中長期的な成長にコミットしているとはいえず、企業価値を毀損(きそん)させるリスクが高いと判断され、投資先から外れてしまう。
パーパスはESGに配慮した経営としても重要な要素であり、事実、世界の経営者の60%、日本の経営者の70%が「企業の目的は、全てのステークホルダーに長期的価値を創造するため、あらゆる活動にパーパスをくみことが重要である」としている(日経ESG、2022年2月)。
パーパス経営への注目とともに、マーケティングの世界でもパーパスを軸にブランディングすべきだと説く「パーパスブランディング」に注目が集まりつつある。対外的な消費者施策と、体内的な従業員施策(インターナルブランディング)の2つがあり、コンサルティングファームや広告会社がクライアントに積極的な提案を始めている。取り組むこと自体は良いことだが、注意点がある。それは、パーパスは広告で伝えるものではないということだ。
今後急増することが予想されるのは、パーパスの策定と新聞15段広告などによるパーパス告知キャンペーンである。あなたは、冒頭の町のベーカリーショップが新聞の折込チラシで「うちの店のパーパスは、本格的でおいしいパンの提供を通して、地域の皆さんの生活を幸せにすることです!」と伝えてきたらどう思うだろうか。パーパスは経営や働く従業員のよりどころとなるものであり、価値を届ける消費者へ結果として伝わるものだ。それを広告によって直接的に訴求するのは、手段の目的化そのものである。
パーパスは、そのものを直接訴求するものではなく、行動で示すことに意味がある。そしてその行動や実績を、広告ではなくPRで伝えるべきだろう。
パーパスは策定しただけでは意味をなさない。全従業員に浸透し、実行され、企業価値の向上につながらなければ、掛け声倒れで終わってしまう。社員全員が、日々の仕事とパーパスとの関わりを強く意識実感できる工夫が必要である。
その好例が、オムロンが2012年に導入した社内表彰制度「The OMRON Global Awards(TOGA)」だ。同社公式サイトでは次のように紹介されている。
オムロンでは、企業理念を軸に事業を通じて社会的課題を解決することで、よりよい社会を作ることを目指しています。
TOGAは、企業理念実践の物語をグローバル全社で共有することで、オムロンの強みの源泉である企業理念を全社員に浸透させ、共感と共鳴の輪の拡大を促す取り組みです。
出所:オムロン公式サイト「企業理念経営について」
TOGAの評価軸は、「企業理念の実践度合い」ただ1つだ。オムロンにとってのパーパスとは企業理念である。そこには「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」と明記されている。
TOGAの表彰式には会長や社長も参加し、受賞者がそれぞれの取り組みを発表し、表彰される。TOGAへの参加者は、2017年には5万人を超え、20年に開催したグローバル大会には世界から1万5000人がリモートで参加したという。
現在では、企業理念に沿っているかどうかが社員の判断基準として根付いており、現場の意思決定スピードが上がったことで顧客満足度が上がり、収益力向上につながっている。その結果、21年度は売上高7800億円(11年度比25.9%増)、営業利益980億円(同144.4%増)という業績を上げている。
パーパス経営は、持続可能な成長のために必須の取り組みだ。「パーパスは売上につながるか?」という短絡的な問いではなく、「22世紀に向け、パーパス経営は消滅企業にならないために取り組まなければならない必須のもの」と捉えたほうがよいだろう。はやりや形式にとらわれず、オムロンの活動を参考に、本質的な検討と実践に取り組んでほしい。
次回は「売上とブランドの関係」について取り上げる。
株式会社トライバルメディアハウス 代表取締役社長
1973年横浜出身。ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタント、クチコミマーケティング研究所所長、バイラルマーケティング専業会社代表を経て現職。大手クライアントのソーシャルメディアマーケティングや熱狂ブランド戦略を支援する。日本マーケティング協会マーケティングマスターコース、宣伝会議講師。著書に、『次世代共創マーケティング』(SBクリエイティブ)、『キズナのマーケティング』『ソーシャルインフルエンス』(アスキー・メディアワークス)など著書・共著書多数。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授