第5回 ドラッカー「上司に求められるリーダーシップ」ドラッカーに学ぶ「部下を動かそうとする考えは時代遅れ」(1/2 ページ)

リーダーシップそのものが目的でもなければ、リーダーシップは良いものでも悪いものでもなく、大事なことは、何のためのリーダーシップか、ということだ。

» 2022年08月29日 07時03分 公開
[山下淳一郎ITmedia]

 前回は、「部下の仕事の生産性を高める」という話をした。上司の仕事は、部下に行うべき仕事を説明することではなく、部下本人に自分の仕事について考えさせることである。その自己決定感こそ、部下自ら仕事の生産性を高めることにつながっていくからだ。第5回は、「上司に求められるリーダーシップ」というテーマでお話ししたい。

ピーター・ドラッカー氏(トップマネジメント株式会社)

リーダーシップとは仕事

重要なことは何のためのリーダーシップか

 上司に必要な能力は何か。結論から言ってしまえば、今回のテーマのタイトル通り、リーダーシップの一言に尽きる。しかし、ドラッカーが言うリーダーシップは、ちまたで語られているリーダーシップとは違う。ドラッカーはこう言っている。

そもそもリーダーシップそれ自体、よいものでも望ましいものでもない。

手段にすぎない。何のためのリーダーシップかが問題である。

ピーター・ドラッカー

 リーダーシップそのものが目的でもなければ、リーダーシップは良いものでも悪いものでもなく、大事なことは、何のためのリーダーシップか、ということだ。ソビエト連邦のスターリンは自分の考えに賛同しない人たちを処刑した。ドイツの独裁者ヒトラーは約600万人もの罪なき人たちの尊い命を奪った。そして、中国の毛沢東は政争において約4000万人を殺害したといわれている。この3人は、卓越したリーダーシップをもって、史上類を見ない悪夢を世にもたらした。前記した通り、リーダーシップは良いものでも悪いものでもない。何のためのリーダーシップかが問題なのだ。だから、リーダーは、使命を追究しなければならない。

なくてはならないものとあってはならないもの

 リーダーシップを発揮するために、なくてはならないものが「真摯(しんし)さ」だ。あってはならないものが「カリスマ性」だ。補足したい。言葉は、時代によってその意味や使い方が変わっていく。今日カリスマとは「その分野で際立って輝いている人」という意味として使われているが、以前は、独裁性、支配欲という意味を持つものとして使われていた。ドラッカーがいうリーダーシップをかみ砕いて言えば、なくてはならないものが「人格」で、あってはならないものが「独裁性」だ。

 ドラッカーは、リーダーシップとは仕事だという。「好かれたり、尊敬されたりすること」ではなく、「部下に正しいことをさせること」、それが上司の仕事である。「あれやこれやと指示をすること」ではなく、「どしどし権限委譲すること」、それがリーダーの役目である。

 リーダーとは、リードする人だ。リーダーに必要なのは、「人と組織を価値ある方向へリードする力」である。では、「人と組織を価値ある方向へリードする力」とはいったい何か。

 具体的な振る舞いという視点から、上司に求められるリーダーシップについてさらに考えを深めていきたい。

上司に必要な4つの能力

人のいうことを聞く意欲、能力、姿勢

 リーダーに必要な能力とは何だろうか。

 ドラッカーはこう言っている。

第一が、人のいうことを聞く意欲、能力、姿勢である。

聞くことは、スキルではなく姿勢である。誰にもできる。

そのために必要なことは、自らの口を閉ざすことだけである。

ピーター・ドラッカー

 サウスウエスト航空の創業者、ハーブ・ケレハーの言葉を紹介したい。「私にいちばん影響を与えたのは母だろう。ありきたりの答えかもしれないが、うちの家族は第二次世界大戦がはじまって崩壊してしまったのだ。最初は6人家族だったのが、最後には私と母の二人だけになってしまった。

 母から学んだことは本当にたくさんある。中でも特に心に残っているのは、相手の地位や役職に関係なく、ありのままの人間として信頼し、尊敬しなければならないというアドバイスだ。地位や役職は、その人の本当の価値とは関係ないことが多い。

 私はそれを、すぐに実感することになる。私たちの住む町に、ある金融機関を経営する一人の紳士がいた。いつも非の打ち所のない服装で、とても高潔な人物という印象を与える。しかし彼は、横領の罪で起訴され、有罪が確定し、牢屋に入った。

 私は母の教えを守り、ビジネスの世界でも、表面的な基準で人を判断しないよう努めている。偏見を持たずに人と接している。私は人々のアイデアにとても興味がある。そして、アイデアを持つのに博士号は必要ない。心をひらいて人の話を聞かなければならない。単なる従業員ではなく、人間として気に掛けていることを、身をもって示さなければならない。

 誰かと話していても、他にもっと重要人物がいないかと、いつもきょろきょろしている人がいるだろう。私自身は、誰かと話をするときは、世界にその人しかいないと考える。それが相手への義務だ。それに、たいていの人はとても興味深い。サウスウエストの従業員たちと一緒にいるのは、私の仕事でもっとも見返りが大きく、わくわくできる部分だ」

 ハーブ・ケレハーは、人のいうことを聞く意欲、能力、姿勢に長けた人物だった。

自らの考えを理解してもらう意欲

第二が、コミュニケーションの意欲、つまり自らの考えを理解してもらう意欲である。

そのためには大変な忍耐を要する。

ピーター・ドラッカー

 会社は人の集まりだ。ゆえに、仕事の9割は人間関係と言っていい。コミュニケーション能力の重要性は言うまでもない。対人関係の能力を高めれば、いい人間関係をつくれるのだろうか。

 ドラッカーはこう言っている。

対人関係の能力をもつことによって良い人間関係がもてるわけではない。

自らの仕事や他との関係において、貢献に焦点を合わせることによってよい人間関係がもてる。

ピーター・ドラッカー

 コミュニケーション能力が高いからといって、良い人間関係が築けるわけではないということだ。共通目的に向かって力を合せようとするからこそ、よい人間関係がつくれるのだ。

人の上に立つ人のつとめ

 「超越した存在でなければならず、好き嫌いどころか、仕事のやり方さえ気にしてはならない。唯一の規律は成果と人物である。交友とは両立しない。社内に友人をもち、仕事以外の話をするのでは公正たりえない。少なくとも公正には思われない。害のあることに変わりない。もちろん孤独、距離、形式が性に合わない者もいる。私もそうだった。しかし、それがつとめだった」。そう言ったのは、米国の大手自動車メーカー、ゼネラルモーターズの元CEOアルフレッド・スローンだ。

 スローンは、「特定の人とだけ飲みに行くというのは論外だ」と言っていた。彼はトップとして、どの幹部の誰からも同じ距離を置いていた。トップが、特定の幹部、特定の社員とだけ、親しくしたりすれば、そこで働く人たちの意欲を保つことはできないと彼は考えていたからだ。全ての人に公平に接するだけで、働く人の意欲を保つことができる。それは、非人間的であれ、ということではない。それは、人の上に立つ人のつとめである。

言い訳をしない

第三が、言い訳をしないことである。

「自分が間違った」と言えなければならない。

ピーター・ドラッカー

 「たしかに、人件費はコストだ。しかし、社員を単なるコストの対象としか見ない経営者は、経営者として失格だと思う。経営学の大家と呼ばれるピーター・ドラッカーは、人件費がコストであることは間違いない、しかし人は材料ではなく、財産だ、と言っている。“人材”ではなく“人財”なのだ」。こう語ったのは、観光バスで知られる、株式会社はとバスの元社長、宮端清次さんだ。

 当時、はとバスは70億円もの借金があり、しかも4年連続で赤字が続き、倒産寸前の状態だった。宮端さんは、はとバスの経営を立て直するために、同社の筆頭株主である東京都庁から天下って、社長となった。はとバスの年間の人件費は55億円。社員1割の賃金カットを行うと、おおまかに言えば、約5億5000万円を削減できる。

「社員の賃金カットなんて一番やりたくない。しかし、このままでは、本当に会社は潰れてしまう……」、そう思った宮端さんは、断腸の思いで、社員に協力を求めた。多くの社員から理解を得ることができたものの、1人だけ宮端さんに抗議する人がいた。それは入社して20年以上たつ、ベテランの運転手さんだった。

 「私たち従業員は何十年も、経営者の方針通り、懸命に働いてきた。なのに赤字、しかもそれを4年間も放っておいて、二進も三進もいかなくなったからといって、そのツケを従業員にまわし、一方的に賃金カットを押し付けるとは何事か? あなたの経営者責任は何なのか?」

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