「ズケズケ」が製造現場のAI導入を推進する製造業のDX推進に必要な人材育成のヒント(2/2 ページ)

» 2023年02月07日 07時00分 公開
[落合絵美ITmedia]
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製造業のDX推進に必要な人材のマインドは「ズケズケ」

出澤 製造現場に精通していてAIにも勘所がある人に共通しているのは、「ズケズケしたマインド」です。もう少し丁寧に言うと、「本質を削り出しに行ける人」です。

 先程話したように、今後求められるのは複合的なアプローチです。AIの専門家ではないけれど、自分の専門領域だけに閉じているわけでもない、AI×「何か」ができる人材です。私自身の話をすると、AIの専門家でありながら、最近は宇宙分野や核融合などに関心があり、素人ながら勉強しています。当然専門家にはなれませんが、専門家に食い下がって曲がりなりにも議論をすることができます。そういう貪欲さを「ズケズケ」と表現しています。

長島 なぜ「ズケズケ」できるかというと、ある程度でいいから理解があるからですよね。理解に必要なのは「妄想力」と「抽象度を上げ下げして話す力」です。オムロンの話で「高速で動く小人」の例えがありましたが、イメージしやすいですよね。そんなふうに伝わる言葉に変換できる人がズケズケやれるようにするといいのではないでしょうか。そうすれば、さらに抽象度を上げ下げする能力が身につきます。

出澤 長島さんに伺いたいのですが、抽象度の上げ下げが得意な人材の育成方法というのはあるのでしょうか。例えば文系・理系とか、文理融合とか、教育面から見るとどういう人材がいいのでしょうか。

長島 文理よりも、大切なのは「自分とは異なる人を好きかどうか」とか「自分と異なることをしている人にどれだけ触れ合えるか」ではないかと思います。異なるものを理解するには、抽象度を上げる必要があります。なんとなく想像して、「自分の知っていることに当てはめるとこういうこと?」という勘所をつかむことが大切です。

出澤 プロファイルすると、多趣味な人とか?

長島 まさに多趣味じゃなきゃいけない。この趣味もあの趣味も、色々やってみたら同じことが見えてきたぞ! となったら、それは本質が見えてきたということです。そういう人は強い。

抽象度の上げ下げができる人材こそがDXに必要な複合領域を担う

出澤 抽象度の上げ下げは、製造現場だけでなく経営レベルにも必要な能力で、そういう人材は、具体的にはどうやったら育成できるのでしょうか。

長島 もしかしたら、営業職の方が抽象度の上げ下げは鍛えやすいかもしれません。逆に技術者で極め続けたいマインドの人は抽象度の上げ下げを経験しづらいかもしれません。でも、今後は技術者であっても専門性を極めるだけでなく、他の分野に首を突っ込みたくなる人が必要になると思います。

出澤 自分の専門とは異なることでも自分ごとに置き換えて考えられる能力があれば、抽象的にでもつかんだイメージを元にして、周りの人に伝えたり、応用したりすることができますよね。

 そういった人材の育成には、サントリー創業者の鳥井信治郎氏ではないですが「やってみなはれ」の精神が大切です。興味があってやりたい人がいれば、それが新卒であろうとインターンであろうとシニアのエンジニアであろうと、やらせてあげる。特にAIやディープラーニングなどであれば、今は無料で使えるツールがたくさんあります。こういうものを使って、専門家でなくていいから、やってみたい人にやりたいようにやらせてみる。すると、凝り固まった発想ではなく、自由な発想でいろいろできるのではないでしょうか。大切なのは「やる気」です。

長島 意欲をベースにやらせてあげつつ、背中のひと押しは必要です。最初に事例をいくつか見せてあげて、それらの抽象度を上げて整理してみる。それによって見えてきたことを、エッジAIを導入する際のよりどころにしてみるとさらに精度が上がるのではないかと思います。「要はこういうことなんだ!」と感じられる道しるべを渡してあげることが大切ではないでしょうか。

出澤 AIというと「データサイエンティスト」というイメージがあります。データサイエンティストの定義も曖昧ですが、統計が分かるのはもちろんのこと、抽象度を上げ下げする能力も必要ですよね。与えられた課題に対して統計的な処理だけしていても課題解決にはつながりません。

 これは実際にあった事例なのですが、ある工場で、頻繁にトラブルが起きて稼働率が非常に低いラインがあり、「エッジAIで異常検知ができるようにしたい」という相談が当社にありました。しかし、データサイエンティストが分析していったら、問題はモーターの指令値と実測値にズレがあるためではないかという仮説が出てきました。そのズレをエッジAIで改善すれば、異常検知のシステムを作るよりも本質的な改善ができるというのです。もし「異常検知の相談だから、異常検知のシステムを作れば良い」というアプローチのままで進めたら、根本的な課題解決はできなかったと思います。貪欲に答えを削り出していくマインドと、視点の多さが大切ですね。

長島 手持ちのもので解決することにこだわらないことですよね。「解決したい課題は何なのか」を突き詰めていけたら、いつの間にか解決策は変わっていても、根本を解決することができます。

出澤 オープンイノベーションという言葉がよく聞かれますが、これもちょっとしたマジックワードだと考えています。データサイエンティストもAIエンジニアも同様です。「これをやればなんとかなる」とか「こんな人材がいればなんとかなる」と考える人もいますが、あくまでそれらは手段であることを忘れてはいけません。目的化したら本質からズレてしまうのに、マジックワードに頼って思考停止に陥っている事例をよく見かけます。

長島 私が考えるに、エッジAIは、人ができなかったこと、人が諦めていたことを実現するための優れた手段です。まるで機械に自分の意図が乗り移ったかのように勝手に動いてくれて、しかも早くて高性能。まずは興味を持つ人がそれぞれ取り組んでいくと何かが生まれるのではないでしょうか。すぐにでも使ってみると、新しい未来が見えてくると思います。コスト削減だけじゃなく、こんな加工もできるとか、こんなものが生み出せるとか、いろいろ使ってみてほしいですね。

出澤 エッジAIと他の領域との融合が大事と言いましたが、この領域は現在ブルー・オーシャンです。エイシングでは、国内外で数多くの特許を申請してきましたが、いまだに一度も申請が認められなかったことがないのです。

 常識を疑ってまずはやってみる。駄目なら駄目で、また考える。スモールスタートで試していくうちに、「気が付いたら製造業のDX推進に必要な人材になっていた!」ということも、夢ではないのです。そんな人を増やすために、われわれも努力を続けます。

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