「ズケズケ」が製造現場のAI導入を推進する製造業のDX推進に必要な人材育成のヒント(1/2 ページ)

DX推進の重要性を認識して以来、日常的にこの言葉を耳にするようになったが「どうしたらDX人材を育成できるのか」について解を持つ人は、いまだに多くない。どうすればいいのだろうか。

» 2023年02月07日 07時00分 公開
[落合絵美ITmedia]

 DX推進の重要性を認識して以来、私たちは日常的にこの言葉を耳にするようになりました。しかし、「どうしたらDX人材を育成できるのか」について解を持つ人は、いまだに多くありません。今回は、製造業のデジタル人材育成を行うファクトリーサイエンティスト協会理事の長島 聡氏と、製造業の現場で活用が進むエッジAIの開発や導入支援を行う株式会社エイシング代表取締役CEOの出澤 純一氏が、「製造業のDX推進に必要な人材育成」をテーマに対談しました。

製造業現場で進むDXとエッジAIの活用

長島 聡氏 一般社団法人ファクトリーサイエンティスト協会 理事、きづきアーキテクト株式会社 代表取締役 工学博士早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、同理工学部助手。1996年ローランド・ベルガーに参画。日本法人代表取締役社長を経て、2020年3月までグローバル共同代表。由紀ホールディングス社外取締役、ファクトリーサイエンティスト協会理事、次世代データマーケティング研究会代表理事、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授、ガレージスミダ(浜野製作所)主席研究員、EXAWIZARDS/(株)エクサウィザーズアドバイザー、LEXER/(株)レクサーリサーチアドバイザー、米Devices Unlimited社外取締役、ソミックトランスフォーメーション社外取締役、UTECベンチャーパートナー。IoT/DX、モビリティ、中小ものづくり企業等をテーマとした講演・寄稿多数。産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト WG3 産業構造転換分野委員、Digital Architecture Design Center アドバイザリーボード、等、政府等委員会の委員、NEDO技術委員なども多数歴任。

長島聡氏(以下、長島) 日本の産業競争力向上が急務であることは、多くの人が認識しています。私たちファクトリーサイエンティスト協会では、「工場にデジタルの眼を」をテーマに、製造現場においてデジタルでできることを増やしていくために「ファクトリーサイエンティスト人材」の育成に取り組んでいます。具体的には、「デジタルの知識がある」ではなく、「知識を現場で活用できる」ことを重視した学びの場を提供しています。ファクトリーサイエンティスト人材とは、データマネジメント力、データエンジニアリング力、データサイエンス力を兼ね備えた人材と定義しています。

出澤 純一氏(以下、出澤) 私たちエイシングは、エッジAIのソリューションを提供するAIベンチャーです。機械制御や、異常検知、ソフトセンサ、パラメーターの最適化など、さまざまなシーンでエッジAIの活用は進んでいます。エッジAIについてもう少し詳しく説明すると、3年くらい前から注目を集めている技術で、エッジ、つまりクラウド上ではなく、末端側で動くAIのことをいいます。

 製造業では、作られた製品だけでなく、作る過程も宝の山です。製品を生み出す過程で発生するデータ全てに価値があり、社外秘扱いです。なので、製造現場の貴重なデータをクラウド上に上げたくないという心理が生まれます。また、数ミリ秒、数マイクロ秒を競う製造現場では、通信の遅れが命取りです。クラウド上でなく末端側にAIがあることで、通信の遅れがほとんどない状態が実現できます。これらの要因から、エッジAIに注目が集まっています。

長島 私も、エッジAIは今後の製造業に必要なソリューションだと考えています。しかし、爆発的に導入が進んでいるかというと、まだ一部の先進的な企業が取り入れるにとどまっています。これはなぜかというと、おそらく、製造現場側でエッジAIの活用イメージを描けていないからではないでしょうか。エッジAIは素晴らしいですがあくまで道具のひとつであって、必要なのはそれを使いこなすDX人材です。

オムロンの事例に見る、DX成功の秘訣

出澤純一氏 株式会社エイシング 代表取締役CEO2004年 早稲田大学ビジネスコンテスト「ワセダベンチャーゲート」最優秀賞。2008年 早稲田大学大学院理工学研究科精密機械工学専攻。修士卒業後は会社経営と並行しAIアルゴリズム研究も行う。2016年12月 株式会社エイシング 代表取締役CEO就任。2018年 大学発ベンチャー表彰 経済産業大臣賞。

出澤 人材が育ちにくい要因のひとつに、優れた活用事例が表に出てこないということがあります。エッジAIは、うまく活用できれば圧倒的な成果を生み出します。そのため、活用事例を外部に公開したくないという企業がほとんどです。エイシングでも、多くの成功事例に関わっていますが、事例の公開を許可しているのはオムロンをはじめ片手で数えられる程度です。

 オムロンの事例を紹介すると、リチウムバッテリーを製造する際に、バッテリーセパレーターフィルムという特殊なフィルムを張り合わせる必要があります。このフィルムは高速で巻き取られるのですが、巻取り開始直後に振動により不良品が発生していました。当時の制御方法では、スイッチを押してから制振するまでに10秒、長さにしてそれぞれ20m以上のフィルムを破棄しなければいけませんでした。これを、エッジAIを活用することによって1秒で制振させることが可能になったのです。

オムロンの巻取り機におけるAI-PID制御の適用

長島 10秒のロスを1秒に変えるというのは、圧倒的なコスト削減ですよね。

 今は生産性向上のためにパラダイムシフトを起こさないといけないときです。製造現場で働く人は、常識外れなことをやっていかないといけません。オムロンも、最初は「10秒以下に短縮するのは常識的に無理」と考えていたのではないでしょうか。それをゼロベースで考え直して「エッジAIなら制御できるかも?」と思えたのは何がポイントだったのでしょうか。

出澤 オムロンとは一緒にエッジAIの導入を進めていて、当社のエッジAIをライセンス提供しました。その後、エッジAIのノウハウを提供しましたが、われわれが細かく指導したわけでなく、製造現場で自発的にこの活用方法を編み出しました。

長島 自発的に編み出されたということは、内部でそれだけの人材が成長したということですよね。エイシングとの協業の中で、どのように働きかけていったのでしょうか。

出澤 私たちがノウハウを提供しただけでは人材は育たなかったでしょう。AI活用には「データ処理8割、前処理8割」という名言があります。データそのものではなく、課題に対してデータをどう処理するかを考える前段階が大事という意味です。AIの活用方法から考えるのではなく、AI側でできることと現場が改善したいことを両方見ながらPoC(Proof of Concept)をやれたのが良かったのではないでしょうか。

長島 いくら改善してもバタバタする2枚のシートを目前にしながら、バタバタしない未来をイメージして、それを実現するために前倒しで制御しようということを、現場はすんなり理解できたのでしょうか?

出澤 オムロンの事例を端的にいうと、「マイクロ秒で動く小人の職人が機械の中に入ってカウンターを当てます」みたいなものです。そんなことを真顔で考えたら、普通は「そんなの無理でしょ」となるでしょうね。

 ポイントとなったのは、新しい技術を導入するにあたり、窓口になる人材がいたことです。その人がエッジAIの特徴を理解した上で現場サイドにかみ砕いて伝えたから、現場が試行錯誤することができたのだと思います。

長島 マイクロ秒で動く職人なんていなかったわけですから、エッジAIは人を超える価値を生み出していますよね。

出澤 一番うまくいかないのは、AIの専門家に全て任せてしまうケースです。AIのエンジニアは情報工学出身者が多く、製造現場と機械制御の専門家ではありません。AIを活用するためには複合的なアプローチ、つまり機械工学と情報工学の間のような領域が必要です。しかし、そういった複合的な人材をイチから育成するなら、製造現場の人がAIの勘所を表面的でもいいので理解して使っていくのが良いのではないでしょうか。

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